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長谷川諒|音楽教育学

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博士(教育学) ✉️→haseryomusic @gmail .com サブ垢 @haseryo_beer 新著『音楽科教育はなぜ存在しなければならないのか』発売中。日本音楽即興学会理事長 @jasmim_info 質問→

兵庫県 神戸市
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
クラシックを聴いて「わからない」っていう人多いけどそれこそが学校教育やロゴス中心主義的価値観の弊害だと思っている。音楽を「分かる分からない」で捉えること自体が一面的なのに「分からない」側を自ら選択して経験を放棄する癖がついてしまう。現代曲や即興演奏を分からないっていうのも同じだな
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
「難しい音楽だ」みたいな感想もあるけど鑑賞行為それ自体に「難しい難しくない」を感じる人は、聴いた後に何か素晴らしい感想を言語化しなきゃ行けないと思い込んでいるのではないだろうか。温泉入った時みたいに、「…ァァあ〜…」とかでいいのにな。「お湯の成分解決をしなきゃ」とか考えないでしょ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
だし、ポップスについては何を「分かってる」の?という気もする。結局この文脈での「分かる分からない」って「慣れてる慣れてない」でしかない気がするのだけど、そうなると商業的に弱い音楽を「分かる」人が増える未来は閉ざされる。学校教育は「分かる分からない」を脱構築しなきゃあかんと思うよ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
で、なんでそんな思い込みが発生するかというと、ここ数十年鑑賞の授業で慣例になっていた「聴いた曲の感想を書く」という活動が背景にあるのでは、と想像している(あくまで想像)。僕は音楽聴いた後は音楽作ったり身体運動したりすべきだと思ってます。言葉に落とし込むことに必然性はない
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
音楽の授業で先生が「ベートーヴェンは一つの主題を100回以上使うことで曲全体に統一感と説得力を持たせてるんですよ!すごいですよね!」と熱弁しても、子どもは「曲全体に統一感と説得力を持たせるにはどうしたらいいんだろう」なんて考えたことないのでそりゃちんぷんかんぷんですよ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
極論すれば「吹奏楽部」ではなく「競技音楽部」とかに名前を変えてそっちで吹コンやれば棲み分けができるのではという気も。「この部活は音楽を競技として捉えている点で他の音楽系部活動の中でも特殊です。フィギアスケートと同じ、勝ちに行こう!」というスタンスを明示すれば音楽全般への誤解も減る
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
これ、指導の仕方に問題があるみたいな受け取られ方すると思うけど、そもそも技術的に未熟な子どもを��めて「完璧な美」みたいなのを集団で目指させ競わせるという「学校音楽コンクール」自体に重大な教育的問題があるということを早急に認めるべきです。公教育の場でサラッとやることじゃない。↓
@YahooNewsTopics
Yahoo!ニュース
2 years
【高2自殺 過労死ラインの部活指摘】 千葉県柏市の市立柏高で2018年12月、吹奏楽部に所属する2年の男子生徒が自殺した。市の第三者委員会が今年3月末に公表した調査報告書は、背景として部活の長時間練習を挙げ、吹奏楽強豪校の過酷な練習実態を明らかにした。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
クラシック音楽の厳しさや難しさを心からリスペクトした上であえて言うなれば「クラシック音楽は甘いもんじゃない!普遍的芸術なんだ!」的なイメージを払拭し「私たちはニッチな知識と技術を愛好してる点でアニオタや鉄道オタと同じオタクです」的な方向にシフトした時クラシック音楽市場は拡大しそう
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
音楽科の教科書見てると「金管楽器の音色の違い」みたいなテーマなのにトランペットでは「トランペット吹きの休日」聴かせてホルンの方はなんかのコンチェルト聴かせることになってるんだけど、なぜ同じフレーズを色んな楽器で演奏する教材音源聴かせるという発想にならないのか…比較できんだろ…
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
「音楽家の技術には金を払うべき」系の話は定期的にバズるんですが、「西洋音楽を聴くという経験に金を払いたい人は昔に比べて超少ない」という前提が抜け落ちてる…🤔なので音楽家は客から金取るのではなく別のところでマネタイズする方法を真剣に議論すべきだとワイはここ数年言ってるのです…
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
サックスでバッハを吹くと「サックスでやる必要ある?」とか言われるわけですが、本来は「なぜ必要性を証明せなあかんの?やりたいからやってるだけやで」で終わりなんすわ。ただ西洋音楽って芸術の概念と共に人間にとっての普遍性みたいのにこだわってきた過去があるから必要性の証明を迫られがち…
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
吹コンの問題点については毎年議論になるが ①スポーツとは違い演奏の中には他者と競技して勝敗をつける機能が内在していない ②それ故にコンクール入賞の価値は「権威のある誰かに評価された」以上でも以下でもないわけだが中高生はそのことに自覚的ではない 以上2点が恐ろしいんですよ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
僕はプロのコンサートでさえ「人様からお金をいただくのでこんな演奏では申し訳ない…謙虚に練習して謙虚に披露します…」マインドよりも「音楽するの気持ちいぃぃぃ聴いてぇぇぇ!」マインドの方が好きです、だから子どもの即興表現が好きなのかも。子どもは無邪気に気持ちよさそうに音出すから好き
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
吹奏楽コンの自由曲用に7分間に演奏効果の高いフレーズが詰め込まれる曲が量産される件、問題は「作曲家のセンス」でもなく「こんなのは本当のクラシックじゃない」でもなく、「音楽=競技」の認識が公教育の場で前提化されていてその矛盾に資本主義的な市場原理が流入してきてること自体だろう↓
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
「ノーギャラの演奏依頼なんて受けちゃダメ!業界が疲弊する!」という意見について、「依頼演奏のギャラが唯一のマネタイズポイントになってる状態」ってそもそも危険で、他の商品(例えばよりプレミアムな演奏とか)を作って、広報としてたまに無料でも演奏するって、ビジネス的に絶対悪ではない↓
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
「この音楽を通して〇〇という気持ちを届けたいお思います」みたいに言われると「音楽を言語の下位互換として活用しようとしてますか??もしくメンタリズムが始まるのですか??」という気持ちになるのですがそういう人はおそらく少数派なので普段は大人しくしています
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
元吹奏楽部で楽器も持ってて、ソロじゃなくて合奏が好きなんだけど譜読みする時間なくて周りに申し訳ないから吹奏楽団に所属するのはちょっと…みたいな人、実は多いのでは。そして、そういう人達が気軽に集まって楽しく音楽やる場がほとんどないというのはとてももったいない気がしている
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
学校の音楽科は原理的に「ピアノ習ってる子もバンド経験者も音楽経験のない運動部員も特別支援学級の子も合唱なんてしたくない子もみんなが尊重される音楽の場」である必要がある。ピッチ取れない子が容易に排斥されるような実践が公教育の場で疑問視すらされないことにワイは強烈な違和感を覚える
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
11 months
ちなみに僕は「クラシック音楽の敷居」については単純化していえば「教養主義が生み出した幻想」だと思っているので敷居の有無について議論する気はないのだけど、「敷居」なるものをある種の排他的力だと認めた上でそれを積極的に称賛しクラシック音楽を特権化しようとする態度には断固反対する。クラ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
「吹奏楽という演奏形態はクラシックからは独立したジャンルでそこには競技性が内在している」というのは、「日本の吹奏楽文化を全部一つにまとめて煮詰めて抽出された結晶」みたいなものを観察した場合妥当に導かれる結論ではあると思う。つまり、非競技的な吹奏楽も日本にはもちろんあるが、現代日本
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
音楽科教師に必要なのはピアノの演奏技術でも発声指導スキルでもなく、場をポジティブにして生徒のチャレンジを促し、受容し、自分もチャレンジしてるところを見せ、時には失敗してるところも見せつつ権威として振る舞わない力だと思うので、つまり良い音楽科教師とはギャルなのでは??????
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
「子ども達には本物の音楽を」という心意気は素敵ですが、幼児教育的にはそれが「クラシック音楽的に本物かどうか」よりも「大人が音の探求をガチで楽しんでいるかどうか」の方が大事な気がしている。逆に、演奏家が過度にナーバスに音楽してるところを見せるのはあんまり良くないかもしれないですね
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
西洋音楽教育では楽譜ではなく耳で譜読みするのが悪いことかのように言われがちだが、耳コピはとても自然な音楽教育ツールである気がしている。口頭伝承的音楽教育がエクリチュール偏重の読譜教育に変質したことで聴く力は相対的に失われ、「技術」と「表現」という謎の二項対立が生まれたのではないか
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
テレビ番組で「ピッチが外れたら即終了」的な企画?でめちゃ上手い人がピッチ外さず最後まで歌い切って「よかった〜😭」ていうリアクションするの、エンタメ企画としては正解なんだろうが、ワイからしたら「こんなゲームで一喜一憂するレベルじゃなくすでに上手なんだが????」という気持ちになる
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
4 months
西洋音楽の普遍性信仰は西洋音楽コミュニティの内側から疑われなければならない。「西洋音楽を生得的に愛好する精神が人間に備わっている」という事実は今のところ見つかっていないのではないかと思うし、見つかったところで「全人類が西洋音楽を愛好するという前提で西洋音楽を布教すべき」だとする当
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
「音楽は好きだけど音楽科の授業は嫌い」現象の原因は、本当は知性で処理できる部分を「音楽は感性だから」みたいにざっくり教えたり、「音楽は聴いてる人を感動させてこそ!」みたいに教えたりするからだと思ってるので、今日は音楽科教育法の講義で「感性と知性」「表現と伝達」という話をしました
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
「音楽好きな子の青春だから!」みたいに思う人もいるかもしれないが、わざわざ他人と競わなくても自分達でライブやったりコンサートしたりすればもっと音楽で青春できるよ。というかそっちに興味が向くよう大人が環境整備すればいいだけ。わざわざ競争の場にすることに音楽教育的なメリットがない↓
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
練習時間についてのガイドラインを作るとかもとりあえずは大事だとは思うんだけど、吹コンって半分以上指揮者・指導者コンクールになっていて部活動の本意である子どもの自主的な活動にはほど遠いのが実態だし、指揮者付きで集団で再現芸術やってるので表現自体に主体性が内在しずらい。超問題です↓
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
教材曲を用いる授業の学習内容は大抵「教材曲に作曲家が施した創作上の工夫」になるわけだが、子ども自身はそもそも「創作上の工夫」を経験していない。ここが圧倒的ミスマッチなわけです。だからワイは「学校では音楽は作ってなんぼ」だといってる。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
子どもには「本物の音楽」を聴かせたい、とよく言われますが、「本物の音楽」ってなんでしょうかねぇ。子どもの鼻歌はニセモノで、留学経験のあるプロが丁寧に楽曲分析をした上で演奏するベートーヴェンのソナタは本物なのか。どう定義するんだろうか
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 months
「トッププレイヤーにしか良い音楽教育はできない」という考え方には基本的には反対ですね。「学習者にとっての最大幸福はトッププレイヤーの音楽に近づき、最終的にそれを継承することだ」というテーゼを自明視するのであれば、トッププレイヤーはかなり有力な教師になる。しかし、「学習者が音楽を学
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
「演奏動画をまめに上げて誠実に活動報告をしたけどSNS集客にはほとんど繋がらなかった」的なクラシック演奏家のツイートをみて考えさせられちゃったな。有名曲をそつなくしっかり演奏できるって本当にリスペクトに値するすごいなことなんだけど、それじゃSNSでは差別化できないってことなんだろう。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
10 months
ワイはもう「なんのために」を共有しない状況で行われる音楽科教育の議論に数年前から結構うんざりしてるんですよ…これはSNSがとかではなく、学会でも研究会でもです。「とにかく創作が大事だー!」やら「合唱こそが大事だー!」やら「読譜力が大事だー!」やら、全部そりゃ大事ですよ、ただし場合と
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
クラシックは全ての民族音楽と同様ニッチな伝統芸能なので、背景情報の有無に関わらず楽しめる層とそうでない層がいるのは普通。敷居が高いとか低いではなく、多くの人が異文化に当事者意識を持てないってだけなのかなと🤔ここが18世紀ヨーロッパなら我々も当事者意識を持ちやすいかもなぁという気も
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
学校の音楽科教育における即興の重要性を語ると「即興をやりたくない人もいる」と意見されることがあるのだが、「再現芸術はやりたくなくてもやらせてるやん…」となる。多くの大人は「自己決定性の高い場で音楽すること」に慣れていないので、それを子どもに提供することを恐れるのかもね
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
吹コンの自由曲が派手なのに偏りがちなのは再現芸術を使って優劣を競ってるからで、程度はあれどある意味仕方ないんだよな。コンクールに吹奏楽文化の在り方を期待するよりむしろコンクールに依存しない吹奏楽の在り方を模索した方がレパートリー含め面白い文化になるのだと思います
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
音楽って「呪術的な魅力を持った非日常的儀式」的側面と「生活に密着した日常的営為」的側面があって、おそらく一般には前者のイメージが強いから「音楽は才能ある人しかできない」みたいに思われがちだと思うんだけど、ワイは逆に後者の側面を強調したいのですよ。落書きのノリで音楽したらええんやで
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
音楽学習においては「先生に習わずに自習する期間」が絶対的に必要なのではないかという気がしている。先生の教え方にも依存するのでまぁ暴論なんだけど、暴論だと理解しつつも「絶対的規範としての他者」を一旦横に置いて自分なりにあーだこーだする時間なしに主体的音楽表現ができるとは思えない
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
傷つきやすい人は多分解釈のしすぎなのだと思う。僕は生徒に「私が見てるYouTuberはそんなこと言ってなかった」と言われたり、演奏会の広報ツイートに「行けないけど応援してます」とリプされたりしても傷つかない。文字通り捉えれば何もマイナスなこと言ってない。「解釈しない」は超重要ライフハック
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
吹連の「吹奏楽を愛する皆さんへ」という文章、出生率の低下と吹奏楽文化の存続を結びつけ何を論じるのかと思ったらなんとびっくり耳障りの良い空虚な精神論だった。まぁこれが刺さる吹奏楽ファンも結構いそうなのも事実でそこを狙った高度な采配なのか?何にせよ公教育が拠り所にするには危うい基盤だ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
6 months
わい、西洋音楽大好きだけど「(西洋)音楽文化に税金を使う国であれ」という主張には強烈な違和感を覚える。日本にはクラシックやってる人も馬頭琴やってる人もホーメイやってる人もいるはず。星の数ほどある音楽文化のうち、「支援されるべき音楽文化」はどのようにして選ばれるのだろう
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
吹コンは僕自身も楽しんだ経験があるのであれこれ言いたくはないが、こういうことがあると色々と考えざるを得ない。この学校の指導を見たわけではないのでこの事件自体に対するコメントは控えるが、吹コンという制度自体に大きな問題があるという事実は誰の目にも明らかになったのではないか。↓
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
吹奏楽コンクールの構造的な問題に対する批判と、「最近の吹奏楽は音楽的ではない」という真正性に関わる批判と、「吹奏楽なんてやっても意味ない」という謎の���判と、「吹奏楽なんてやってるやつはけしからん」という対人批判は全部別物で、僕は最初のやつしかやっておりません
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
【音大あるある】 彼氏が楽章間でリード付け直してて冷めた笑
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
プロの音ってホールで聴くのと狭い部屋で近くで聞くことでは全然印象が違って、サックスとか特に後者が思ったよりガサガサした成分が強かったりする。それを「いい音」として認識しなおすことが「文化の継承」の本質だが、「ツルッとした音が好き」という気持ちこそが「文化の創造」の契機でもある
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
コンクールの結果はほとんどの場合「演奏表現の中でも定量的に評価可能な部分を審査員がそれぞれの評価規準で評価した結果」でしかない。良い結果が出た団体は憧れの審査員に認められたことを喜んだらいいし、結果が振るわなくても「僕たちの音楽表現が否定された…」みたいに感じる必要はない。評価さ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
伝わってるとは思うけど、「傍若無人なクライアント」を擁護する意図はないです。戦略的に無料演奏を活用するのは絶対悪ではないし、「無料演奏するやつのせいで業界全体が貧しくなる」のではなく、ネット社会に適したビジネスモデルが考案されてないから傾向として貧しくなりがちなのでは、という話
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
現代のクラシック音楽家がお高く留まってるという意味ではなく、日本が西洋音楽を輸入した時についた教養としてのイメージが今日にもうっすら残ってて、昔はそれがビジネス的にもプラスに作用してたのに今日においてはむしろマイナスになってるのでは、という考察です
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
「吹コンのお陰で日本の子どもの音楽的技術は発展した」という指摘もあるが、逆に吹コンがなければ即興や作曲を気軽にやる管楽器奏者が増えたという可能性も否定できない。こういうのは「音楽」や「音楽的技術」という言葉の定義無しに議論できんわけですなぁ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 months
吹コンにおけるテンポの評価が話題ですな。タイムラインに吸コンの話題が上がるたびに色々と考えてしまうので、僕も一定距離を置きながらやはり気になっているのだろう。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
吹コンの問題点についていろいろ語ってる動画です。吹コンや合唱コンが内包する「良さや美しさを集団で子どもに競わせる」という矛盾を克服しない限り「生涯にわたって音楽を愛好する心情を育てる」とか絶対無理です
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
幼少期からクラシック音楽を学んできた大学の同期が音程のハマらない合奏を聴いて、顔をしかめて「気持ち悪っ」と言ってきたのを今でも覚えている。そこにぼんやりと違和感を覚えたのが僕の音楽教育原体験かもしれない。僕も音程の不整合感を知覚してはいたが、顔をしかめるほど不快だとは思わなかった
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
その上で「業界が疲弊する」論だが、その押し付け的業界論こそが新時代に生きる若者の働き方を抑圧しているのでは?と思ってる。「無料で演奏しても広報になる」と思えば引き受ければいいし嫌なら断ればいい。他人のビジネスに口出ししていいのは株主だけ。「業界」は個人の人生に対して責任能力がない
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
「先生にはお歳暮を送るべき」だとする意見をみた。人は人自分は自分なのでいろんな立場があること自体は尊重されるべきだが、僕もいわゆる先生に分類され得る立場でもあるので自分のポジションを明確にしておきたい。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
クラシック音楽家って伝統的に「自分の商品を広報する」っていう発想がなかったので(上手ければ上から仕事を「もらえる」という発想が中心だったので)、「演奏→対価」が直結しがちなのだと思う。個人事業やってれば、のちの対価を見越して広報に投資するのってすごく普通のことですよね🤔
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
過度に厳しい指導をしている吹奏楽部には集団即興演奏ワークショップ講師を派遣して心身の強張りを解かなければならないという法案まだ可決されてないの???
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
7 months
「現代の作曲家は古典も聴かず作曲してるのか」というコメントを見た。まぁよくある意見だとは思うけど、では僕らは何かを造る時どこまで過去のオーセンティシティを参照しなきゃならないのだろう。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
好きなバンドのコピーしてたら一瞬で時間溶けるんだけど、根本的にはクラシックの譜読みも同じなはずで、譜読みが過度にしんどい時って「音楽する」という行為において何かこじれてるのだと思う。音大は結構体育会系なので見過ごされがちだが「音楽するのがしんどい」は何かおかしいと思っていいと思う
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
ワイは普段ベースでコピーはしなくてルーパーで自分なりに遊んでるんだけど、たまにコピーするとすごく勉強になるし楽しいんですよね、でそのアイディアが自分のルーパープレイに生きてきくるとすごくよい往還だよね。学校に限らずクラシックプレイヤーも何かしらの創作はやった方がいいとも思うよ
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
吹奏楽コンクールには色々な矛盾があり、それを解消しようとするのは素晴らしいことですが、コンクールってそもそもが同一フォーマットの型の中で優劣をつけていく競技なのでそもそも多様性には対応しづらい。コンクールにダイバーシティを求めるよりコンクール以外の場を作る方が話早いと思ってます
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
4 years
多くのクラシックの演奏会にはキュレーターがいないんですよね🤔自主企画の場合は現状演奏家がそれを兼ねてると思うんだけど、選曲や曲目解説やMC等、キュレーションに当たる部分への専門性が足りない場合が多い。演奏家でキュレーター的な高度な視点を持てる人がいれば周りと差別化できる気が
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
特に②ですよね。プロが自分のキャリアのためにコンクールを活用するのは自己責任でやればいいわけだが、子どもは「コンクール入賞=素晴らしい音楽」だと思ってるし、指導の中で「入賞するためにいい演奏しよう」って言ってると思うんですよね。「いい演奏」ってなんでしょうね
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
5 months
西洋音楽が世界的に普及しているという事実は産業革命やその後の植民地主義、資本主義経済と無関係ではない。こんな自明のことを押さえずに西洋音楽の価値を特別視するのだとしたら、それは「音楽」という用語に対する洞察の欠如を露呈するのみならず、結果的に西洋音楽を内側から破壊する営為となる
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
15 days
ト長調の音階を「ドレミ」と表記するメディア、それに対し「絶対音感持ってるから気持ち悪い」と表明する人、「階名も知らないの!?小学校でやったよね?」と噛みつく人、「これだから学校教育は…」と嘆く人…まるで季節の行事のように定期的に観測できる。平和の象徴なのかもしれない
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
「勝負にしないと音楽を頑張れない」というのは音楽に対する内発的動機がほぼ無くて外的報酬を得るための作業になってる可能性があるので一度立ち止まってみた方がいいかもしれない…内発的動機のもと「自発的に」やってる人は勝ち負けのような外敵報酬を突きつけられるとむしろやる気を失う可能性も🤔
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
「音楽を聴くのに知識は必要か」というのもそろそろより俯瞰的な議論に昇華されても良い気がするな。いわゆる構造的聴取をする上では訓練が必要なのは自明で、それこそが高度な鑑賞だとされてきた歴史はあるけど、それを唯一絶対の聴き方かのように祭ることでクラシックは閉じた文化になってる気もする
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
吹奏楽コンクールは公教育の部活動が当然のように参加するにはあまりに特殊な世界なので、自作曲やパフォーマンス当たり前でオーディエンスが勝敗を決める「Brass Band Battle」的なやつをやればいいのでは🤔吹コンを相対化するイベントがないと当事者は吹コンの特殊性を理解できないと思う
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
未来の音大生が「この時期の吹奏楽作品に劇的な演奏効果が盛り込まれがちなのは、学校が吹コンに象徴される競技偏重の音楽観を強調していたこと、そして作曲家にとって吹コンがほぼ唯一の音楽市場になっていたことに理由がある」などと分析できれば演奏コースの修士論文くらいにはなるかもしれないね
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
あと、レッスン料は新札で払え文化も敬意の表し方として謎すぎん??ワイ現金より振込の方が嬉しいんだけどそのうち「スマホ使ってネットバンクから振り込むのは失礼!地銀のATMから振り込むのがマナー」とか言い出すん?????
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
「誰かの音楽の仕方が誰かを著しく侵害する」みたいなことは確かにあるので慎重にならなければならないが、そういう次元の話は一旦置いておいて、音楽したくて集まってる人が「どう音楽したらいいんですか?(指示をください)」と言ってしまうのはもう圧倒的に何かがこじれている。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
4 months
作曲家のプライベートを把握した上で曲を解釈するのが真の音楽鑑賞だとする立場は相変わらず根強いみたいですね。僕はアイドルや芸能人の恋愛事情を追うことに全く興味がなく、それと同じくらい作曲家の心情を解釈することに興味がない
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
8 months
【無料です絶対読んで】 原著論文出版!!サウンドペインティングという集団即興演奏に習熟するプロセスを明らかにするために、参加者に半構造インタビューしてテキストデータをSCATで質的に分析しました!最終的に「音楽教育はどうあるべきか」を問う内容になってます!
Tweet media one
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
M1の審査が話題ですが、これって吹コンをはじめとする音楽コンクールと同じ問題ですよね。複数人で審査する事で客観的評価をしてるように見せてるけど、そもそも審査委員間で評価規準・基準が統一されてないので客観性はそもそも担保できない。絶対評価か相対評価という点についての合意さえないのでは
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 months
自分にとっての「かっこいい音楽」は誰かにとっての「押し付けがましい音楽」かもしれない。僕はこういうことを公教育で教えるべきだと思う。 「自分にとってのかっこいい音楽」を問い直さない音楽家にはある種の天才芸術家としての魅力がある。しかし、教育者としての資質があるとは限らない。
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
7 months
ドラえもん見た後の感想とは思えないな
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長谷川諒|音楽教育学
7 months
【ネタバレあり】《ドラえもん のび太の地球交響楽》を見てきたので音楽教育学的な視点でダラダラ感想を語ったよ!!! @YouTube より
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長谷川諒|音楽教育学
5 months
「学校の音楽の先生はプロ演奏家になれなかった人達だ」みたいなイメージがあるのだとしたらそれはもうとんでもない間違いですね。そこで「いやいや演奏技術は確かに負けてるかもしれないが子どもとの関わりが…」とか言ってる場合じゃない。種類が全然違うんだから「負けてる」とかですらない
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長谷川諒|音楽教育学
2 years
「クラシックサックスの良さを広めたい」という人の本心が「自分の演奏を良いと思ってもらいたい」であることは結構あるあるだと思う。別に全然それでよくて音楽家として普通のことなのになんでジャンル全体の大義名分を掲げなきゃいけないのだろう。「俺の演奏を聴けぇ」って言えない空気があるのかな
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長谷川諒|音楽教育学
4 months
演奏を勉強してきた人はある意味音楽を身体で捉えることの専門家だが、それは「演奏家には音楽について言葉で論じる力がある」ことを意味しないですからね…SNS演奏家が発信する音楽論や音楽教育論の危うさこそがクラシック音楽の敷居なのではという気さえする、ワイも含めSNSの音楽論は大概だからね、
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長谷川諒|音楽教育学
3 years
「自分の生徒が下手な演奏したら恥ずかしい!」っていう思いは愛ではなく執着である。先生と生徒はどこまで行っても他人であり、どんだけ下手な演奏でもその人を自分とは別の自立した存在として尊重できなきゃ愛じゃない。もし愛があるなら、「恥ずかしい」って感覚的に感じても理性を働かせたいですね
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長谷川諒|音楽教育学
3 years
補足しておくと、僕自身は競技音楽的側面を全否定していない。ただ、競技音楽に臨む厳しい姿勢こそが唯一絶対の音楽的探求だ、と子どもに思わせるのは良くない。競技音楽に取り組みたい人と素朴に音楽したい人は併存可能で、公教育が後者を無意識的にでも排斥する構造になってるのはまずい、という意図
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長谷川諒|音楽教育学
3 years
極論すれば「吹奏楽部」ではなく「競技音楽部」とかに名前を変えてそっちで吹コンやれば棲み分けができるのではという気も。「この部活は音楽を競技として捉えている点で他の音楽系部活動の中でも特殊です。フィギアスケートと同じ、勝ちに行こう!」というスタンスを明示すれば音楽全般への誤解も減る
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長谷川諒|音楽教育学
2 years
もちろん部活も原則任意参加ではあるが「良さや美しさ」という非常に特殊な領域を対象に賞レースをやらせるからには入り口で意義やリスクについての説明をめちゃくちゃした方がいいと思うよね。そしてもっとオルタナティブなイベントを作るべきですよね、吹奏楽連盟さんワイとなんかやりません?
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長谷川諒|音楽教育学
1 year
レッスンで生徒が間違えた時に「すいません」などと謝らないのは良い傾向だと思っている
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長谷川諒|音楽教育学
2 months
音楽の授業でクラシック作曲家の名前や代表作を丸暗記させることの問題点は、それが「つまらない」からではない。その知識を暗記することの妥当性を子どもがちらりとも理解できず、なんなら教師も暗記させる必然性を説明できないから問題なのである。僕は音楽科は5周回って楽しいかどうかが大事だと思
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長谷川諒|音楽教育学
1 year
音楽の「上手い下手��を可視化するためにピッチのみを排他的に得点化する、というのはテレビの企画努力でニーズにあってるんだと思うけど、いろんな発声を使いこなして歌ってる歌手とピッチバーのズレだけが注目される番組の構造には確かにミスマッチがあって、そこになんとも言えない虚無を感じた
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
4 years
上手な演奏家はチケット代もっと上げたらいいのでは?現状めちゃくちゃうまい人も音大新卒もチケットの値段があんま変わらないから、逆に若手のコンサートに「安い値段で聴ける」っていう付加価値がない。トッププロが高い料金でMC含めて極上の時間を提供すれば、相対的に若手が得をするかも、などと🤔
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 month
あえて雑に言えば、音楽コンクールの評価に客観性を求めること自体に無理がある。明確な評価規準を共有せず個人が主観的に評価してるのだから「客観的に正確な評価」なんて初めから存在し得ない。コンクールは「その時々の審査員に認めてもらう」以上でも以下でもなく、結果は祝祭的に受け止める他ない
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
今実力派と見なされてるバンドの昔の演奏動画がボロボロだったりすると前まではいたたまれない気持ちになってたけど、最近は「ボロボロの時からステージに立ちまくってるから今盤石なパフォーマンスができるのでは?」と思ってる。下手なうちから全力で本番やりまくる経験って音楽家には必要な気がする
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
何が言いたいかというと、吹コンの一番の問題は最初のツイートに書いた通り「公教育の現場で競技音楽的な価値観が当然視されてしまっていることそれ自体」なんです。その意味で、僕は吹コンに関わって稼ぐ音大生や作曲家を全く悪いとは思わない。もちろん関わり方にもマナーがあるとは思いますが。↓
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 months
ネット上で楽器初心者が何やら難しそうなフレーズを大味過ぎる奏法とリズムで演奏してるのを聴くと「まぁまぁまずはメトロノーム付けて基礎練習からやりんさいやそっちのほうが絶対上手くなるんだからさ、そもそもスラップっていうのは…」とか言いたくなるのだけど、そういうのは基本的に大きなお世話
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
10 months
バッハもモーツァルトもベートーヴェンも、ただ単に特定ジャンルにおける作曲が素晴らしく上手かった、というだけで、学校で彼らを神様だとか聖人だとか崇めることに教育的妥当性は全くない。ちょっとしたメリットに対して現代人に西洋音楽コンプが生まれるというデメリットがデカ過ぎる。「音楽科教育
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
とにかく学習者に訳のわからん呪縛をかけて「礼節を身につけさせている」みたいなのが心底嫌いだ。そういう古のルールに無批判に従うことが礼節なのだとしたら僕は礼節なんかより批判的思考を身につけさせたいし、定型的な礼節作法程度で構築できる人間関係なんかを重んじてるから談合社会なのでは??
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
あるいは、もう言葉の定義の問題だと割り切れば整理しやすいのかもしれない。「フィギュアスケート」をあえて「競技フィギュアスケート」と呼ばないことは事実だが、多分それは「フィギュアスケート」の概念が国際的に概ね一致してるからだろうなという気がする。「吹奏楽」という概念は日本ではもはや
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
2 years
Apexやらスパイファミリーやら面白すぎる…世界は面白いコンテンツが可処分時間の奪い合いをバチバチやってるので、クラシックが「真の芸術は必ず評価される」的な職人気質なビジネスを展開したり「音楽は耳の娯楽」的な緩いエンタメビジネスを想定したりしてても新規市場開拓は難しそうだ…
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
僕が吹コンを疑問視しているのは、①「したい表現」ではなく「すべき表現」をせざるを得ない点(というか「したい表現」なんてことを考える余白がない)、②そういう「オーソリティに認められる音楽を探究する行為」こそが「音楽表現」なんだと思わせてしまう点、です。以下に補足します
@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
吹奏楽コンクールは公教育の部活動が当然のように参加するにはあまりに特殊な世界なので、自作曲やパフォーマンス当たり前でオーディエンスが勝敗を決める「Brass Band Battle」的なやつをやればいいのでは🤔吹コンを相対化するイベントがないと当事者は吹コンの特殊性を理解できないと思う
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
3 years
作曲家は職人としてある意味とてもいい仕事をしているわけで、そのこと自体を非難することはできない。また、クラシックが生きた文化なのだとしたらこの「競技音楽×資本主義」という社会背景の元に生まれた一連の楽曲群こそが現代日本におけるリアルな「本当のクラシック(吹奏楽)」とも言える↓
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
職人的漁師が気象学について科学的な理解をしているかどうか必ずしもわからないように、演奏の上手い人が語る演奏論・身体論・楽器論が適切かどうかなんてわかんないですよ…これは漁師が前時代的だと言いたいわけではなく、「非言語的な勘のようなもので培われた身体知があること」と、「それをロゴス
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@haseryo_ME
長谷川諒|音楽教育学
1 year
「教える方が偉い」みたいな慣習、普通に考えてやばすぎる。「教える/教えられる」の関係は出生のタイミングを含む様々な変数の掛け算によって偶発的に生じた仮固定的なものでしかない。教師だという理由で生徒に対して偉そうに振る舞うことの恐ろしさといったらないよね
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