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古峰文三  航空史、軍事史、機械工業史の著述業 著書「航空戦史」「日の丸の轍」「現代砲兵-装備と戦術」「砲兵から見た世界大戦」「幻の東部戦線」など

Joined December 2009
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1 year
小田原漁港で「激突プリンソフト」を買うと、プリンの上にソフトクリームを綺麗に盛り上げた後で、お姉さんが「美味しくて、おさかな、激突!」と声を出して魚を挿してくれる。感動だ。
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3 years
人から聞いた話ではあるけれども、某企業では「家族以外との会食は原則禁止」が通達されている。このため酒席での最初の一杯は「義兄弟の盃」として交わされるようになっているという。
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4 years
英語に弱いにも程がある。 関西で何年も暮らしていながらそれはない。 その適訳は「二度漬け」だろう。
@yukikaze2me
雪風2(公式)
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ところで 「リソース」 に適当な訳語ってなんだろう? 私は 「予備対応力」 だとおもうけど。
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5 years
アマゾンの便利さに背を向けて書籍流通の理想像を追い求め書店で本を購入し続ける禁欲的な人々のことを「ストア派」と呼ぶ。
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5 years
パワーポイント普及以前の学会発表用スライド作りは本当に手仕事の世界だった。画像は広島大学(推定)のスライド制作風景だが、北大での冬場のスライド作りは辛かったという。
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4 years
家庭に百科事典を備えようという人はもういない。ブリタニカ百科事典の亜流が編纂され、それを大枚はたいて買えばインテリアとして威厳があり子供の教育にも役に立つとの幻想は消滅した。けれどもそんな幻想を抱いた親のもとに生まれて偶然にも「読んじゃった」子供も幾らかはいるんじゃないだろうか。
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5 years
俳優もさることながら「1917」で好演しているのはちゃんと「表情」のある塹壕そのもの。英軍のちょっと雑な塹壕、独軍のオーバークオリティな塹壕、後方の塹壕、交通壕、前線の浅い塹壕、掘っている最中の塹壕、全国100万の塹壕ファンは一見の価値あり。
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2 years
今、この時も戦われている戦争で飛ぶ飛行機の模型を作って楽しいのか?と訊かれると答に困る。 けれども、あの国は今戦っている飛行機の模型を戦火の下で発売し、日本に届けてくれている。 ならば買って作ろうと思う。
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7 years
23日日曜の「新報道2001」で「北朝鮮軍は靴下が不足しているため足に布を巻いて代用とする末期的な状況」と慶応大学の先生が実物を掲げて解説していたけれども、それはポルチャンキだ。北の軍隊は軍装がソ連軍譲りだということ。見栄えは悪くも実用性は問題無し。他の話もこの程度ということか。
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3 years
熱心な考古学ファンでも間違えることが多いのが勾玉の加工法。これは研磨、研削加工ではなく、塑性変形によるものだ。辛抱強く両端に力を加えていると棒状の石材が「まがったまま」になるのである。 どうだ、今日も勉強になったな。
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10 months
タミヤが自ら軌道修正を始めた頃、黙々とやっていたのがエルエス。四式重爆の雷撃機を「靖国」として堂々と売っていた。「四式重は飛龍だろ?なんでこんな縁起でもない名前を付けて売るんだ?」と思っていたけれど、二十数年後、「靖国が正しかった」とわかった。そのときエルエスは既に廃業していた。
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3 months
「兵站」を補給システムの高級表現と勘違いして使っている言説は大概、ロクでもない。「兵站」とは補給と衛生の二本の柱から成り立つ後方業務の総称で、ロジスティクスと訳すことはできないし、ロジスティクスは「兵站」ではない。旧軍だけでなく戦後の自衛隊でもそれは変わらない。
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9 months
雷電より零戦の方が高空性能は遥かに良好で、雷電で空戦機動が出来たのは7500m程度まで。これは零戦との比較資料が残っているので確実。雷電は良いところがホントに少ない飛行機。なので、このような光景は夢の中にしか無い。
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10 months
日章を描いた桜花練習機と日章を描かない実戦用の桜花。飛行機の日の丸は「誰に見せるため」なのかがわかると思う。そこからやらないと話がおかしくなるばかり。
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4 months
東條英機は「顔で損をしている人物」の代表格だろう。戯画化された日本人像に近い顔貌から、有ること無いこと、とにかく何でも押し付けて語られる事が多く、陸軍将官には珍しい政治的視野の広さや軍備に関する理解の深さには言及されない。 陸海軍の航空分野を勉強したら避けて通れない人物でもある。
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2 years
日本の自動車ファンはまったく気づいていないがゼロエミッション車の分野では欧州は日本のはるか先を歩んでいる。我が家の歴代シトロエンもそれぞれある期間ゼロエミッションだったが、別に気にならなかった。ユーザーに不満を覚えさせないゼロエミッション車を造れる欧州の自動車技術は素晴らしい。
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2 years
「零戦は強度不足で主翼の上を自由に歩けない」という「航空機専門家」の方がいるようだけれども、零戦だろうが、ファントムだろうが、ヘリのバートルだろうが、とにかく飛行機とはそうしたもんだ、と知らないのに専門家を名乗れるとは、困ったもんだ。
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5 years
片渕監督の「パンターやティーガーに塗られていたダークイエロー顔料が戦前では何に使われ、戦後のフランスではその大量の在庫がどのように利用されたか」との話は衝撃的でした。 ううむ、思い切って4CVを買うか。
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3 years
我が国最新兵器の広告。 「偉大な貫徹力」、 「軽快な機動性」、 なんとも強そうじゃないか。
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5 months
74式戦車が引退というのは感慨深いけれども、この戦車ははっきり言ってしまえばアメリカの戦車開発方向を見誤って生まれたアメリカ試作戦車のフルコピーとでも言うべき車両。油気圧懸架装置だけでなく、寸法や形状、重量、転輪配置まですべてお手本がある。74式はそうした時代の工業製品でもある。
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5 years
戦時中の雑誌に挟まっていた当時のマニアが描いた落書き。鍾馗だけは妙に力が入っている。 「好きな戦闘機はイケイケの鍾馗」「俺、変わり者だから鍾馗が好き」「鍾馗にこそ戦闘機の理想があった」といった鍾馗ファンの心意気は当人たちの自覚は別として戦時中に根っ子があるんだなぁ・・・。
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11 months
むかしから「十両盗めば首が飛ぶ」と言われて来た日本では戦車の盗難が少なかった。明治以前、戦車盗難の公式な記録は全く残っていない。盗んだとしても10両目は機動戦闘車などにするのが盗賊の心得だったという。
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4 years
ノルマンディで敵戦車に備える6ポンド砲とクルー。 一本道を塞いだ対戦車砲の男らしさにしびれる。
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5 years
昭和18年に立案された全国自動車道計画路線図。戦局の悪化で中断したものの、現在の高速道路網の原型はこれ。実現した路線と原計画との違いを見ると面白い。
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8 years
東北時代の画像を探していたら出て来た「太宰治ねぶた」、これほど祭りの気勢を削ぐアイテムはないだろう。
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2 years
小泉悠「ウクライナ戦争の200日」は対談集。最初の対談相手は東浩紀。 東「僕はウクライナ戦争とコロナ禍が同時期に現れたことも重要だと感じています・・」 小泉「感染症については僕は素人で全然わからないのですが・・」 ううむ、小泉先生、苦労しているなぁ。 がんばれ、としか言えない。。
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2 years
隼が最初から防弾タンクを持っていたのはノモンハンの消耗戦で虎の子の幹部パイロットを数多く失った経験から。Bf109が防弾鋼鈑を追加するのは開戦以来、ハリケーンに対して優位に立てず損害を重ねたから。こうした転機は海軍戦闘機隊にとってガ島航空戦以前には訪れなかった。
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1 year
大山格先生の主張はあまりにも誤解が多いけれども、「油類の洩れが工作不良のネジとネジ穴の隙間から起こる」との最初の前提が間違い。ネジ穴が内外を貫通するような設計は一般的ではない。なのに当時「一流」のマーリンエンジンでさえ何故こんなに油漏れを生じているのか。
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7 years
こいつは「老害」そのものだなあ、と思う人物を知っているけれども、よく考えてみれば彼は若い頃からそうした言動、行動が目立っていた。すなわち「老害」とは「嫌な奴」の年取った姿なのである。人間、急には「害」をなせないものだ。
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3 years
海兵隊はMk.II手榴弾をオリーブドラブに塗り替えて使用した。その理由は実戦用の米軍手榴弾は「黄色」で塗られるため。ガダルカナル島では米海兵隊や陸軍部隊は一木支隊に向けて、まさにパイナップルの果肉のような黄色い手榴弾を投げていた。OD色は1943年から。模型ファンやイラストを描く人は注意。
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5 years
なんじゃこのガラクタは、と思っちゃうけれども、侮ることなかれ。これぞ冷戦下米陸軍最強の兵器。 HPの71B 関数電卓じゃ。 なに、最強じゃない? 待ってろよ、今、チャッチャッと計算してキミんちの方にMLRSを撃つからな。
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3 years
戦争画は宣伝用だから信じられない、という態度は感心しない。例えばこの絵から母艦格納庫内や機体に関する情報がどれだけ豊かに読み取れるか。どうやって描いたのか。そして、そのように描かれるのはなぜか。考えるのを止めでしまえば、ずっと解らないままだろう。
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2 years
色々言われて、最初からある結論に合わせて都合の良いように論評される一式陸攻だけれども、この飛行機は第二次世界大戦期に「実戦で得られた戦訓を基に開発されて最も早く就役した爆撃機」 すなわち支那事変の渡洋爆撃作戦で痛感された中攻の短所を改善しようと試みた機体であるということ。
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7 years
第一次大戦半ばにようやく導入された英国の徴兵制は、良質な兵士を集める為ではなく「高学歴で優秀な人材から志願して戦死してゆく現状を、能力が低く教養もない層の強制投入で緩和する」ことが目的、との指摘は面白かった。
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3 years
戦時中の日本のエンジンは油漏れがひどくて、当時の日本の工業技術ってのは・・といった話の最後にひと言。 「世の中、腹の黒いヤツばかりでしたよ」
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9 months
1970年代に学校に通っていた世代は経験している方が多いと思うけれども、当時の先生達には軍隊経験や空襲体験を話し聞かせる人がいた。内容はかなり誇張されていて「ウソばかり」。でも成人してからはその人がなぜ不正確な事を言うのか。本当は何を、いつ、何処で見たのかを考えるようになった。
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5 years
「戦争は女の顔をしていない」を読んで独ソ戦を女性志願兵の眼から眺めるのは有益なのだろうけれども、彼女らの共産党を盲目的に信じるその異様なまでの熱情もちゃんと心に留めて置くと良いんじゃないだろうか。戦争の悲惨さとはむしろこっちにあるような気がする。
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3 months
兵站という言葉をきっかけに「インパール作戦」の話を始める方もいるけれども、この作戦には補給計画が作成されていて、各師団に配備された輸送トラックの数まで判っている。即ち「具体的な形で根拠を挙げて批判できる」ということ。曖昧な表現や情緒的な言葉でする批判がつまらない理由はほぼこれだ。
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5 years
あの疾風には「主翼を切断した」「もはや運転不能の損傷がある」など憶測によるまことしやかな悪評があるけれどもそれは誤解。現在はしっかりとした体制で保存されています。噂を元にした「だから日本では」といった大雑把な話はもう卒業しましょう。現在の疾風はとても良い住み家を得ています。
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2 months
戦争末期の宣伝は神がかり的な精神主義ばかりではなく、現実の負け戦を伝え、その厳しい現実に対処することを訴える方向性が目立つ。映画「雷撃隊出動」は最後に陸攻の「体当たり」で終わる映画だけれども劇中で「南洋の統治は成功していない」と認め、南洋の現地住民を教化できない現状にも触れる。
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3 months
機械加工の経験が無い女子作業者に基礎教育を施すとき、「やればわかる!」ではどうにもならない。相手にわかる言葉で「公差とはこういうものです」と教えないとゲージを使う意味すら理解されない。「家事と航空機工場の仕事は似ている」といった言葉が出て来るのは受け容れられるための工夫。
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3 years
日本製DC-3は機体も発動機も同一なのにオリジナルの機体より二百数十kgも重かった。重量増加は旅客機としての乗客数に影響するので、その原因は精査され、幾つかの要因が明らかにされた。その一つに「ヤードポンド法の図面をメートル法に描き換えて製作したため」というものがある。これはホントの話。
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10 years
まさか「一揆」が模型になって売られているとは知らなかった。 http://t.co/VVO6bVnVCn
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9 years
世間で交わされる言葉についてあまり細かい事は言いたくないが「A4にまとめる」とは紙に文章を詰め込むことではなく、本来は画像に示すような事を意味する。「いろいろ積めるA4は重宝する」という故事である。 http://t.co/0gwD1yfszL
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10 years
戦時下米国内で撮影された日系人女性。 ダズル迷彩柄のブラウスも気になるけれども「サザエさん」ヘアーが写っているのも衝撃的。 http://t.co/zGRLWAOfPw
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4 years
ウォーラスは荒れた海面に弱い。翼下の補助浮舟支柱はすぐ折れるし救出した乗員達の重さで飛べないこともある。そんな時は機長が胸中に格納していた「ガッツ」を使用して英本土めがけて友軍のASRやHSLに出会えるまで高速プロペラ船となってうねりを越えて全力で滑走した。 これはホントの話。
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4 years
ゲリラ戦では敵を撃滅できない。ゲリラ戦から通常の戦争に戦いを転換できないと敗北が待っている、と繰り返し説くゲリラ戦の専門家の書も一度くらいは読んで損なし。
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5 years
B-29の空襲が大したことはない、等とは全くの妄想で、マリアナからの空襲開始間もなく日本の航空発動機生産の過半を担っていた三菱名発が被爆壊滅。架空戦記の好きな「ハ43」生産はこれでお終い。終戦まで再建できなかった。原爆を除くB-29戦略爆で、最初で最大の戦果がこれ。間違えてはいけない。
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4 years
蒸気機関車の流線形カバーは何か文化的な流行と勘違いされやすい。そうした文脈で「流線形」を「時代の夢」として捉えることが一時期流行ったせいだろうけれども、これは実利があって導入されているので、そこを間違えてはいけない。1930年代の欧米急行機関車は流線形を必要とするほどに速いのだ。
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7 years
はい、私も日本のファンタジーを読んで「ああ、この作者は魔法を使って戦った経験が無いのだろうか?」と思う事があります。
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5 years
「所詮日本では実機の維持は云々・・」と虚実交えてあれこれ言われて来た疾風も「もし飛行展示を繰り返していたなら、このように良好な状態では残らなかっただろう」と言われ始めた。この認識に至るまでが長かった。
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3 years
新幹線車内で学生と思しきグループが 「ホントは〇号車だけれど怒られるまで座っちゃえばいいよ」 「席を回転させて向かい合おう。オジサンに何か言われたら直せばいい」 と和気藹々の楽しい列車の旅をなさっていた。 私が残念に思ったのは、 前日までの戦いで手榴弾を使い果たしていたことだった。
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@Kominebunzo
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5 years
シャーマンは九七式中戦車のように信地旋回ができない。意外に不便なんだな、とは思うけれども大切なのは日本陸軍がそれを昭和十七年中に察知していること。日本の対戦車戦闘教本が側面、側面と簡単に言う理由の一つがどうもここにあるようだ。
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5 years
日本陸軍の機械化が進まないのは「資源が無いから」ではなくて陸軍の機械化を進められるだけの自動車産業が育っていないから。自動車産業が発展する下地となるはずの中国市場を陸軍自らが事変に巻き込んでしまったため、世界初のローカルコンテント法を作り上げた商工省の育成努力は水の泡。
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10 years
第一次大戦100周年で英国戦争博物館がこんなものを売り出した。 こんなもの・・・欲しいじゃないか! http://t.co/YC3zVfxdbg http://t.co/yAUN0CWMJq
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5 years
じっくり見るとやっぱりカッコいいカタリナ。 飛行艇はこんな具合の「ナマズみたいな胴体」が理にかなっていて無理がない。おとなしそうなカタリナが爆撃に雷撃にと大活躍したのは偶然じゃないんんだな。
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Bunzo
2 months
昭和20年正月号の「科学朝日」には米軍のタンクトランスポーターまでが紹介されている。読者が「日本は技術と工業力でかなり劣勢にある」と読み取れる内容。敢えてそれを隠す必要が無かったという事でもある。
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3 years
遠い昔、「両親が留守」な日に彼女を家に呼んだことがあった。けれども待ち合わせ時間が早すぎて家に向かう途中で両親とすれ違ってしまった。そして昼時、家に「特上寿司二人前」が届いた。砲兵による火力制圧とはこうやるのか、と私は勉強したけれどしっかり突撃もしたので勇敢だったと言えるだろう。
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4 years
「1917」で後方から最前線に進出する主人公達と最前線で間近な死を覚悟して突撃前の讃美歌を聴く兵士達の服装の違いは明らかに意図された演出で、綺麗さと汚さを上手に使い分けている。リアリティとはこうした緩急ある演出が作り出すもので「汚さ」の再現ではないと思う。
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5 years
特攻隊は出撃しても会敵できず二度や三度は帰還するのは当たり前のこと。実際の出撃状況を誇張なく伝える出版物が少ないせいでこんな素っ頓狂な話になるのだろう。
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3 years
日付が変わって、 今日は日本人が初めて団体で飛行機に乗って ハワイに行った日であります。 何かを始めるにはとても良い日です。 みなさん、頑張りましょう。
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@Kominebunzo
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7 years
学研の歴史群像シリーズのムック「日の丸の翼」の巻末には日本陸海軍の爆弾の塗装についてカラー図を載せている。プラモを作る方が何となく爆弾を黒く塗ってしまうのが残念だったので、あえて企画したもの。爆弾は外から見て何弾なのかわかるようになっている。
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@Kominebunzo
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3 years
「シン・ゴジラ」は面白かったし「シン・仮面ライダー」にも期待しているけれども、このシリーズの中で「シン・レッドライン」だけが異質なのは何故なんだろう。それがわからない。
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@Kominebunzo
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8 years
「「来ない」という言葉。京都では「きーひん」、大阪では「けーへん」などと言いますが、東京横浜地区では「遅れても必ず来る」「よそは止まってもきっと来る」ことを「けーひん」と言います。」
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@Kominebunzo
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5 years
スターウォーズに関しては、帝国艦政本部関係の資料か回想録を読みたい。なぜあのように脆弱な宇宙戦艦が建造されてしまったのか。その謎を解きたくなるではないか。長男は「巨大な艦なので部分的に木製で、代用材料使用部分は脆く、しかもよく燃えた」との仮説を立てているが、本当だろうか。
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@Kominebunzo
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5 years
サイパンの九七式中戦車。朽ちて行くけれどもこのまま土に還ってもかまわない。日本に引き上げて再生なんてしなくてもいい。もうこの車の大切な役目は終わったんだもの。
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@Kominebunzo
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3 years
鉄道車両がトンネルや駅で構造物に引っ掛からないように確かめる特殊車両がこれ。これが無事に走れれば安全という、大変ありがたい車両なので後光が差して見える。
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@Kominebunzo
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1 year
J2M雷電の由来は江戸時代の力士ではなく、菅原道真の怨霊が京に落とす雷電から来ている。最強の存在が扱う最強の武器が「雷電」だということ。
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@Kominebunzo
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9 months
二式飛行艇を失敗作と言うと機嫌を損ねる人もいると思うけれども、本来の任務である雷撃機としては不合格で、そのために水上滑走性能を犠牲にした設計が行われていたことは意外にも戦時中に川西の技術者が航空雑誌に発表している。でも、だからこそ二式飛行艇は九七式とは異なる精悍な顔立ちなんだな。
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@Kominebunzo
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2 years
1948年にベルリンが封鎖された際に行われた大規模空輸作戦は「ベルリンエアリフト」として有名。けれども道路と鉄道がソ連軍によって封鎖されていたのに、なぜ空輸ができたのか。どうしてソ連軍は空輸を阻止できなかったのか。その辺りはあまり触れられることが無い。空の道はなぜ開いていたのか。
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@Kominebunzo
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5 years
終戦時に横須賀で撮影されたエンテ型モーターグライダーMXY-6。 これは震電によく似ているけれども震電を造るための実験機ではなくもっと基礎的な研究用。前翼が傾いているのは機首を回転させて舵を切る機構だからで、サイドバイサイドの座席配置といい、これといい、あまり戦闘機向きとは言えない。
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@Kominebunzo
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8 years
片渕監督はアリーテ姫試写の直後から学研歴史群像太平洋戦史シリーズで陸海軍機の塗装考証を日本で初めて体系的に解き明かして、伝聞や回想に左右されず塗料材質や産業統制の面から趣味レベルの探求者に有無を言わせぬ形で説明した、まったくアニメ映画監督にしておくには惜しい人物。いや、惜しい。
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@Kominebunzo
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3 years
昭和初期東北の窮状の象徴としていまだに扱われることがある「娘身売り相談所」の実態と刺激的な貼り紙の真相も東北都市事典は丁寧に解説している。私もこれを読む前は完全に誤解していた。
@Kominebunzo
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9 years
戦前の東北にあったとされる「娘身売相談所」。 実はこれも当時のマスコミが関与したヤラセで実際にはそのような経済状況にある家に対する援助と指導を行うものだった。 http://t.co/N4HiTNcKFq
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@Kominebunzo
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5 years
今週6日発売の歴史群像12月号には原題「日本の100オクタン!-『我らの2000馬力』はなぜ失敗したか-」が掲載されます。高オクタン価燃料が製造できないのにどうしてエンジンだけがオクタン価100を前提に試作されていったか、を紹介。陸軍や海軍の燃料史だけでは掴みきれない航空燃料の開発通史です。
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@Kominebunzo
Bunzo
3 years
日本の機体組立ラインの「流れ作業」を「飛行機を人力で移動させる旧式なやり方」と評する頓珍漢な話がある。タクト方式生産ラインで月産200機、ライン3本だとしたら1日にライン1本から出て来る機体は何機なのか数えたことも無い雑な考えた方で、家電か何かの流れ作業のイメージが抜けていない。
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@Kominebunzo
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9 years
戦前の東北にあったとされる「娘身売相談所」。 実はこれも当時のマスコミが関与したヤラセで実際にはそのような経済状況にある家に対する援助と指導を行うものだった。 http://t.co/N4HiTNcKFq
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5 years
大鳳の飛行甲板表面が45ミリ厚の木甲板である事を資料にて本日確認。 木甲板でした。 詳しくは近々、どこかのコラムに書きます。
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@Kominebunzo
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9 months
遠い昔「零戦を参考にした」との解説すらあったF8Fの面白いところは先代のF6Fよりも、Fw190に似ている部分が多いこと。クルト・タンクの生き別れの弟が設計したのかと思う位に各部が似ている。英国で見たFw190鹵獲機にインスパイアされたとの逸話はまんざら嘘でもない。
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Bunzo
7 months
1943年9月、スカパフローに浮かぶ掃海艇用デポ船 エクスマス。我が海軍にはあり得ない威容。
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Bunzo
3 years
諏訪湖畔の一般向け浴場の最高峰はここ、片倉館だと思う。大戦中、一式戦闘機隼の量産を支えた片倉財閥が造った庶民向けの浴場。立派な建物はそれだけで価値がある。しかも現役で稼働中の大衆浴場、千人風呂は湯舟が深く、立って入る方式。これは面白い。
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@Kominebunzo
Bunzo
2 years
解り難いかもしれないけれど白兵(銃剣のこと)戦は日露戦争の戦訓で欧米に再発見されたといっても良いもので、しかも従来の銃剣術ではない銃剣格闘(ドイツ参謀本部はそう表現した)の必要が認識され銃剣術はかなり趣きの異なるものへと変っていった。日本が貧乏だったからといった話とは関係が無い。
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@Kominebunzo
Bunzo
3 months
無人誘導弾なので桜花より良いと勘違いされているのがイ号一型甲と乙。投下後、母機はイ号を望遠照準眼鏡に収めながら操縦、そのまま目標に向け直線飛行するのでまず帰還できない。命中と母機生還の可能性が高いのは打ち放しにできる桜花の方だった。これは批評の類ではなく当時のイ号設計者達の意見。
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@Kominebunzo
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3 years
兵器は新型に切り換えず改修しながら使えば合理的・・とは限らないのがこの車両。冷戦後期の軍備拡張時代に当時の保有戦車の中で最も旧式なM48A1を改修してレオパルト2の不足を補おうとした計画を「素直にレオパルト2の車体も造った方が良いな」と頭を冷やして考え直せた連邦軍は立派。
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@Kominebunzo
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2 years
一式陸攻より防弾防火装備が遙かに充実しているはずのB-26も1944年12月のアルデンヌ航空戦の最中に大編隊が敵戦闘機隊に丸ごと捕捉されて壊滅という大損害を受けていて、第二次大戦期の双発爆撃機が抱えていた最大の問題は「双発であること」なんだという、なんとも身も蓋も無い事実に気づかされる。
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@Kominebunzo
Bunzo
9 years
第一次大戦中にルーマニア方面で使われた軽便鉄道上を移動する独軍ミニ列車砲。難解な学術用語をあえて使用して表現するならば「かわいい」。 http://t.co/F4Sl3wGf60
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9 months
「戦車はちゃんと洗う」という話に気分的な抵抗がある方もいるかもしれないけれども、型式にかかわらず水圧をかけて泥を落とすもの。メンテナンス上で「せんしゃ」は必須の作業・・・ごめんなさい。
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@Kominebunzo
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2 years
「零戦が軽量化を追い求め、防弾防火装備を犠牲にして高性能を得た」ことを裏付ける試作当時の文書や設計メモは存在しない。存在しない事実で批判される零戦もかわいそうなものだと思う。
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@Kominebunzo
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5 years
戦後ドイツの国境警備隊はドイツ国防軍の制服と装備を受け継いでいた。その後に再建された連邦軍がアメリカ風になったのは日本の自衛隊以上に軍隊が国民から激しく嫌われたため。志願者は少なく徴兵制を採用せざるを得なかった。自衛隊も志願者で定員を満たせなくなれば徴兵制に移行するだろう。
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@Kominebunzo
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3 years
国内マスコミがアフガニスタン情勢についてあまり報道しない理由は海外の報道との重複を避けているからだろう。 ニュースがカブールからである。 ・・・撃たないでください。 武器は持っていません。 どうか撃たないでください。
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@Kominebunzo
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7 years
日本本土空襲で猛威を振るったB-29も朝鮮戦争では、と書こうと思ったらノーズアートに目を引かれてやる気を失う。単に裸を描くのではなくスカートの裏地やパンツの柄にも配慮する戦略空軍の緻密さに打たれた。
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@Kominebunzo
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9 months
震電はかなり早い時期から写真と共に「戦時中の日本航空技術の象徴」的な紹介がなされて来た飛行機。「百円プラモがあったから人気が出た」ではなく「既にすごい飛行機と紹介されていたから百円プラモが出た」というのが順序としては正しい。
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@Kominebunzo
Bunzo
5 years
木炭ガスなどの代用燃料エンジン車について、実は戦前の段階で「意味がない��と判定されている。なぜならエンジンそのものの寿命を大きく縮めるため。ガソリンを節約した代わりにエンジンが壊れては元も子もない。戦争末期の代燃車とはそうした認識が存在した上であえて実施された策でもある。
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@Kominebunzo
Bunzo
1 year
これは戦時下で増加した女子作業者用のテキスト。初心者向けで当時の金属切削加工について基礎的な内容を解り易く紹介している。切削によるネジ切りが親ねじによる倣い加工的やり方で説明されていることに注目して欲しい。軸の回転数が多少上下したところで影響を与えないことが想像できるはず。
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@Kominebunzo
Bunzo
4 years
戦時中の兵器写真を見るとき、大切なのは「その多くが宣伝用に撮影されている」という点。純粋なスナップ写真は少ない。写真の修正や合成など見る人が見れば判別できてしまう手段よりも、最初から演出した方が合理的だし手間も掛からない。だから写されたウソにホントを見つける知識とセンスが大切。
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@Kominebunzo
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5 years
ノモンハン航空戦についての陸軍の評価は「苦戦」以外に無い。その理由は日本のマニアのように何機撃墜した、何機やられた、といった星取り勘定などではなく、大東亜戦争期に戦隊長候補となるべき若手幹部が多く失われた事が大きな理由。陸軍機が防弾装備導入で海軍に先んじたのもこうした事情がある。
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@Kominebunzo
Bunzo
1 month
「拡張性」と言う言葉はどうも適切じゃない気がするけれども、雷電の要求性能未達はまさに「発動機換装に備えた機体規模とした」事が最大の要因。機体に余裕だけあって、肝心の発動機が供給されなかったのが雷電という戦闘機。
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@Kominebunzo
Bunzo
9 months
厳しい情報統制の下で出版されていた戦時中の航空雑誌記事も侮れないのは、たとえばこのように二式飛行艇について書かれていると明らかにわかる技術解説記事が川西の機体設計技術者によって執筆されているところ。戦後の「専門家」による適当な論評よりも核心に迫る内容。
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@Kominebunzo
Bunzo
7 years
ここ20年ほどの専門書、学術書の大きな変化は「読みやすくなった」ことだろう。その分野を少し勉強した人間ならば大概のものは苦痛なく読めるようになったように思う。学術的内容でも相手に届かなければ言葉として二流品だという姿勢が書く側にも定着して来たのではないかと思う。これは良いことだ。
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@Kominebunzo
Bunzo
2 years
「戦前戦中の日本では金属バネの質が悪く・・」と言うのは簡単だけれども、実際に何が原因でどんな不具合が発生していたのかを調べる人は本当に少ない。ただそう決めつけるだけで終わってしまう。
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