スタンフォード大学 西鋭夫 Profile
スタンフォード大学 西鋭夫

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スタンフォード大学フーヴァー研究所教授、西鋭夫です。

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スタンフォード大学 西鋭夫
6 years
「月の丸の謎」日の丸を愛した植民地...パラオの真実
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8 years
教科書改定への流れ 日本帝国政府もマッカーサーも緊急に国定教科書を改訂する必要があると認識していた。日本占領が始まって2週間もしないうち、マッカーサーは、日本政府が民主主義より大切であると考えていた国体と神道を抹殺する指令を出した。
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6 years
ブログを更新しました ー学ぶことを忘れた日本人ー 「均一教育の弊害」 「ノーベル賞の日米比較」 「時代遅れの教育法」
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6 years
ブログを更新しました。 感想の方も、お待ちしております。 全て目を通しております。
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8 years
ニミッツ提督と東郷平八郎 「三笠」の無残な姿を見て、愕然とした。彼は各界に働きかけ、アメリカ海軍にも協力させ、そして自らも浄財を寄せ、「三笠」の復元に尽力した。ニミッツは「武士」であった。
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8 years
お金の流れとキリスト教 文部省「日本が過去の誤りを二度と繰り返さないために、また良き前例となるためにも、我々はキリストの愛、即ち神の愛に祝福された普遍的な人類愛を研究しなければならない」
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8 years
日本史の断絶 アメリカ国民もマッカーサー自身も、「忠誠心」や「愛国心」を非常に大切にし、アメリカの国益のために、日本帝国と大戦争をした。アメリカは、日本国民の愛国心だけが許せないのだ。怖いのだ。
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8 years
教育勅語の最期 田中文相が教育勅語を必死に守ろうとしたことで、GHQが教育勅語を葬り去る「死刑宣告」を齎したことは、アメリカと日本の認識の落差を克明に表わすものであった。日本が「守りたいもの」は、アメリカが「殺したいもの」であった。
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8 years
不適合教員の炙り出し 100万人に近い「羊」から3151人の「山羊」を探し出した文部省のGHQへの諂いとも見える粘り強さ、またGHQの病的とも思える執拗さは、驚嘆に値するべきものだろうか。
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8 years
東大に、キリスト教講座を! キリスト教は輝かしく復活し、「偶像崇拝の神道」(マッカーサーの言葉)は埋葬された。国家神道に染まっていた教師は追放され、キリスト教徒の教師たちが大量生産されるべきだった。マッカーサー元帥は当然そう考えた。
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9 years
ポツダム宣言 1945年7月���6日ポツダム宣言が発表された。「日本国民を欺き、世界征服の道へと惑わした者」への懲罰、「言論、宗教、思想の自由ならびに基本的人権の尊厳の確立」を日本で達成する。天皇は日本国民を欺いた者の1人なのだろうか。 http://t.co/wSUY95vocY
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8 years
皇居参拝の擁護 学校教育局長の田中耕太郎は、マッカーサーの「神道廃止令」について、「学童や学生は今後天皇を神として崇めてはいけない。しかし、統治者としての天皇に畏敬の念を持つことは、かまわない」と全国の学校に伝えた。
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9 years
ヒトラー生存の噂 1945年5月8日、不滅と思われたナチス・ドイツがソ連とアメリカの連合軍により全滅にされた。ヒトラーは愛人エヴァ・ブラウンと自殺した。ヒトラーと日本参謀本部を巻き込んだ、信じられないような話がある。 http://t.co/wd40Pg8BWr
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8 years
キリスト教の片棒・南原繁 日本人のキリスト教信者には、マッカーサーが第二のイエス・キリストのようにさえ映っており、キリスト教が、元帥の言う「世界の進歩した精神」であり、この精神が「戦犯日本」を救うのであった。
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9 years
原子爆弾の完成 1945年7月16日、ニュー・メキシコ州アルバカーキから192キロ離れたアラモゴルド空軍基地で、人類初の原子爆弾の実験が成功した。その翌日、トルーマン、スターリン、チャーチルの3人で、ポツダム首脳会議が始まった。 http://t.co/7fZK9RQKt6
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8 years
勝者の「真実」と抵抗 日本の若者に「敗北」の意味を叩き込むために、GHQは『太平洋戦争の歴史』を小・中学校に五万部配った。それは勝利者から見た「真実」であった。
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8 years
スターリン平和賞 大虐殺者として、近代世界史上、誰にも引けを取らないスターリン、東ヨーロッパとアジアに戦争と残酷な圧制を次々と齎したスターリンが設立した「平和賞」とは、品のない悪質な冗談か。
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8 years
許されざる国民 日本��民は、民主主義とアメリカを支持しなければ生きてゆけなかった。なぜなら、マッカーサーは、「消極的黙認ニヨリ」国家を戦争に導き、敗北という悲惨な結果を齎した人々さえも追放すると言う。全国民が懲罰の対象だ。
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8 years
スターリン vs. マッカーサー 徹底的な弾圧を受け、終戦直後、「殉教者」の後光さえ身に纒っていた日本共産党は学生運動に積極的に参加した。しかし共産党は、ソ連との密接な関係を否認し続けたため、自分たちを窮地に追いこんでしまった。
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8 years
大学への強制介入 東京の立教学院(立教大学)の総長とその側近10人が、即時解任されるべき者として名前が挙げられた。マッカーサーは、「調査すべき学校」として82校をあげ、1945年10月24日付の命令を「信教の自由侵害」と呼んだ。
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9 years
日本改造 マッカーサーは、日本の奴隷的な封建主義が「日本の悲劇」を齎(もたら)したと断言し、「アメリカ」は「民主主義」の模範で、民主主義が「今日のアメリカの強さを齎した」とも言った。 http://t.co/xSCUqDQVd7
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8 years
迷走する文部省 日本政府が死守したい「モノ」と、アメリカが日本に放棄させたい「モノ」は同じであった。この擦れ違いは日本政府のポツダム宣言の解釈から発生したであろう。
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8 years
自衛本能の放棄 第9条は、生きる本能、命を護る自衛本能を否定する。第9条は、男が女や子供を護る「本能」を「悪」とする。親が子を護る、子が親を護るという「生命」の自然な「本能」を、「戦争」「武力の行使」と卑下した幼稚な空想が第9条。
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9 years
ルーズベルト大統領死去 ヤルタ会議の2カ月後、4月12日、ルーズベルトが脳溢血で死去した。63歳だった。 大統領職を継いだ副大統領トルーマンは、スターリンが何を望んでいるかを探るため、ハリー・ホプキンズをモスクワに派遣した。 http://t.co/jtGqBWb39M
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8 years
米国によるアジア侵攻 アメリカは、勝つことの解っていた戦争に日本を引き摺り込み、日本を徹底的に破壊し、力尽き果てた日本兵と一般市民を殺しまくり、勝敗のついた後でも、原子爆弾を二発も使い、さらなる大量殺戮を実行した。
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8 years
「粛学」からの返り咲き マッカーサーは、教育指令第一号で、軍国主義に反対して解任された教師を直ちに復活させるべし、と厳命し、「この命令の精神と条文に従わない者には個人的な責任を負わせる」と言った。
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8 years
洗脳 マッカーサーは、「日本の伝統文化」を抹殺しただけでなく、その死体に「悪」「罪」「恥」という烙印を押した。さらに、学校教育を使い、日本の若い世代に、「日本は大罪を犯した恥ずべき国」「愛国心は戦争を引き起こす黴菌」と教え込んだ。
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8 years
「日本教育制度に対する管理政策」 この原案を書いたCIEのロバート・キング・ホール中尉は、「占領が進むにつれ、予期せぬ事態が起こってくると思い、その時に、我々が自由に動けるように、意図的に曖昧にしておきました」と説明している。
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8 years
日本・抹殺計画 これでマッカーサーは日本の「何」を殺せば、日本が簡単に潰れるか、初めて良く分かった。これでは、「日本帝国の魂」を護ると言うよりも、田中文相は手の内を曝け出し、マッカーサーの日本抹殺を容易にしているようなものだ。
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8 years
科学に取り憑かれた文部省 戦後初の文相になった前田多門は就任演説(1945年8月18日)で「科学教育」を充実させると宣言した。その理由は、原子爆弾である。広島と長崎の惨状は、日米間の息を飲むような科学技術力の差を曝け出した。
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8 years
割れた見解 良識のあったヘレン・ミアーズは言う。「日本の学童が天皇の肖像に最敬礼をしたのは、アメリカの学童が『国旗に忠誠を誓う』のと同じ国民的儀礼だが、私たちはそれを見ようとしない」。
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8 years
見透かされた意図 読みが甘かった。アメリカ国務省の調査分析課は前田文相の作品を分析した。「日本の政策立案者たちが国体を護持するためには、戦闘的な国家主義続行は当然と考えているフシが見える。.....アメリカは用心しなければならない」
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8 years
教育勅語の不滅 日本政府(首相、文相)が声を合わせて「教育勅語」の不滅を説き続けたことが、ついにGHQの不安を掻き立て、この文書に対する強い疑惑を植え付けた。マッカーサーは、前田文相を公職追放にする。
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9 years
日の丸禁止 アメリカだけが日本を支配するのだというマッカーサーの確信は、1945年9月8日付(厚木上陸の9日後)の彼の命令に判然と出ている。「我が国(アメリカ)の国旗を掲げよ。」 日の丸は「悪」の象徴であるから、掲揚禁止となった。 http://t.co/mPePzjiY0R
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8 years
デモクラシー、バンザイ! 廃墟と化した都市で、唯一の復興の兆しは、あくどい闇市の繁盛ぶりだけであり、国民は飢えていた。マッカーサーは、日本国民に「日本の悲惨な現状は自業自得である」と言った。
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8 years
死刑宣告 1936年から1943年にかけて、日本占領下の台湾・台北帝大で英語を教えていたイタリア人デル・レもオア部長に、「早急に教育勅語と御真影に対する〝死刑宣告〟を用意するよう、文部省事務次官に命じるべきだ」と勧告した。
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8 years
幻の吉田勅語 ニュージェント「率直に言えば、文教審議会は存在する理由も、その価値もないと思っている」新しい「吉田勅語」は作られなかった。1947年3月31日に公布された「教育基本法」は、夢想的な憲法第9条に基づいた教育宣言であった。
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8 years
平和ボケの用心棒 第9条は「本能禁止令」。女性や子供を護る本能を萎縮させられた日本の男が、勇気もない信念もない怯えた群衆にしてしまったのだ。怯えた国民は、強い用心棒を雇う。高い銭(年間5000億円)を出し、強いアメリカ兵を雇う。
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8 years
文相の大演説 この発言をしたタイミングとその舞台は劇的だった。彼は「マッカーサー憲法」を審議していた衆議院の委員会で、この演説をした。新憲法は国民主権を唱えていたが、教育勅語は天皇大権を擁護した文書であった。
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8 years
一億総懺悔 勝者アメリカは日本の学校教育に素早く食い込んでいった。日本国民の日常生活が地獄であったので、アメリカの目も眩むような富と武力に対して国民の間に劣等感がすでに出来上がっていた。マッカーサーは、この優劣の関係を利用した。
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9 years
長崎原爆 トルーマンは、「日本はすぐにでも降伏する」と知っていた。にも拘らず、8月9日、長崎に2発目のプルトニウム製原爆を投下した。暗号名「ファット・マン(デブ)」は、身長3・2メートル、体重4・5トン。 http://t.co/31fCJ3vUcO
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9 years
ペリー提督とマッカーサー マッカーサーがペリー提督に敬意を表したのは意味深長だ。ペリーは、極東でアメリカの国益と武力を象徴した人物であり、領土拡大を正当化した帝国主義という後戻りのきかない道を開いた人物であったからだ。 http://t.co/QxUukkv63G
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8 years
吉田の画策 吉田首相は、簡単には降参せず、教育勅語の死から一カ年後、1949(昭和24)年5月7日、彼は内閣の中に文教審議会を設立した。教育勅語の精神を別な形で復活させようとしたのである。
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8 years
日本皇室 GHQ・CIEが教育勅語をいかに埋葬するかを検討していた最中に、田中耕太郎文相は、その再生の努力をしていた。田中は、イギリス、イタリアに留学した。留学中、ローマ・カトリックに改宗、熱心なキリスト教徒となる。
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9 years
精神的武装解除 日本国民が敗戦の悲劇から立ち直り、占領の屈辱を克服し、国土の復興に成功した時、日本はより一層強い国になっているのではないかとアメリカは恐れていた。日本から根本的に「愛国心」を取り除く方法はないものか… http://t.co/4ralgdthFD
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9 years
スターリンの直参スパイ 野坂は1946年1月12日に帰国するが、その前年にモスクワを極秘に訪問し、スターリンと会見していた。野坂参三がスターリンのスパイとは、戦後50年間、日本中誰も知らなかった(1993年、野坂は101歳で死去)
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9 years
東條英機の苦悩 9月11日に「死に損なう」前、東條が書いた遺書には「自衛戦」のことは記してあるが、「陛下の御責任」については何も触れていない。しかし、次の一句がある。「戦争責任者ヲ追及セント欲セバ我ニ在ラズシテ彼(英米人)ニ在リ」。
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9 years
原爆投下 ピカッと走った閃光が網膜を焼き、ドーンと大爆発の余韻が消える前に、広島は消えた。爆心地から、巨大な煙の塊が1万2000メートルまで上がっていった。 http://t.co/S4bi3KORIf
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8 years
日本帝国の魂 マッカーサーは、天皇の神聖と日本国民の忠誠心を壊すため、「明治憲法」を抹消した。「教育勅語」について、GHQはどう対処したのか。GHQは「教育勅語」の重要さを知らなかった。
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8 years
日本版マグナ・カルタ 「日本人の道徳・倫理の目的は皇室の繁栄のためにだけある」と強い非難を浴びせた。「これは、新憲法の精神である一個人の権利という考え方と完全に食い違うものだ」。
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9 years
鉄のカーテン 1946年3月5日、チャーチルはミズーリ州フルトンのウエストミンスター大学でスターリンの冷酷な政府を厳しく攻撃した「鉄のカーテン」の演説をし「国際連合は武装しキリスト教文明を共産主義の脅威から護らねばならない」と言った。 http://t.co/xfMQEfLIeU
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8 years
洗脳教育と密告者 「マッカーサー元帥に、日本国民の世論の動向を具に、かつ速やかに通報する」。マッカーサーが自分の人気を神経質に気にしていたことは有名であり、CIEの中に、「世論・社会調査部」が設立された。
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8 years
婦女子の「心得」 特に心配なのは「婦女子の独り歩き」である。婦女子の「心得」は、一 「外国軍人に対して個人が直接折衝することはつとめて避けること、但し、先方から求めてきたときは毅然たる態度を以て接すること......」
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9 years
日本は民主主義の実験場 マッカーサーによれば、このように無知な日本は「全体主義および軍国主義支配から国民を解放し、そして、政府を内部から改善する世界一の、絶好の実験室となった」。日本列島大改革が始まる。 http://t.co/kBfSy2uQQh
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8 years
天皇と民主主義 天皇もこのような国情を十分認識しておられたのだろう。祖父である明治天皇の1868年の「御誓文」が引き合いに出された。だがこの御誓文は、明治維新を成し遂げた若者たちが「天皇・皇室の栄光」を夢見て書き上げた宣誓であった。
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9 years
日本人は全員戦犯 熱烈なるキリスト教徒のマッカーサーは、「やりすぎた」と良心の呵責に耐えられず、その罪悪感から「己」を解放するために、これら17人のA級戦犯に特赦を与えたのだろうか。そうであろう。それ以外、釈放する理由もない…
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9 years
シベリア兵捕虜 アメリカ陸軍省軍事情報局は1946年8月に「日本人捕虜78万5000人がソ連に拘留されている」と秘密報告に書いている。ソ連は1950年4月末で日本人捕虜引き揚げは完了したと発表した。この発表に怒ったのは東京のGHQだ。 http://t.co/0ilK8E8vkC
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8 years
無知なアメリカ軍人 戦前の原形が残らないまでに日本教育を改革したCIEの軍人たちは、どのような人物だったのか。当時、『ジャパン・タイムズ』の編集長であった河合一雄は手厳しい評価をしている。
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8 years
国家と神道 1945年12月15日、マッカーサーは、「神道」と国家を切り離せとの命令を下した。この卓越した軍人は、日本国民が偶像崇拝の神道の病に冒され、天皇のためなら玉砕さえも恐れない狂気の精神状態にあると思っていた。
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8 years
スターリンの操り人形・野坂 国の歴史は時折振り返ってみるべきだ。おもしろいことに突き当たる。今現在、自衛隊大反対、第9条大賛成の日本共産党は、当時、自衛権まで放棄すべきではないと考えていた。
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8 years
マッカーサーの独壇場 この草案を見たマッカーサーは怒り、失望し、ホイットニーに日本が憲法上、戦争できぬだけでなく自衛さえもできぬようにせよ、と命じた。マッカーサー直筆のノートにもそう書いてある。
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9 years
教科書検閲 マッカーサーは、日本人の素晴らしい業績には目もくれず、ひたすらキリスト教を伝道することに熱中し、日本の学校教育を思いのまま操った。キリスト教の冒涜を仄(ほの)めかすようなものに、彼がいかに素早く反応したか… http://t.co/kHyw4R9IP3
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8 years
知性乏しき日本人 しかし、雄弁なマッカーサーは、日本人の知性を全然評価していなかった。「日本人は12歳の子供」で、マッカーサーに甘えていれば全て無事に済んだのである。マッカーサーが、日本人に「試行錯誤」の失態を許さなかったからだ。
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9 years
日本再建計画 ドッジはデ高校卒で大学に進学していない。デトロイトの銀行で使い走りから始め、実力だけでトップに昇る。全米銀行家協会会長も歴任した。1945年の夏から1カ年間、占領下のドイツで金融安定策で実績を挙げ、日本へ派遣される…
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9 years
東京大空襲 1942年4月18日、晴れ、正午すぎ、アメリカB25爆撃隊16機が陸軍飛行士ドーリトル少佐に指揮され、南太平洋に浮かんでいた航空母艦「ホーネット」から飛び立ち、1200キロ離れた東京に13機飛来し、焼夷弾を降らせた。 http://t.co/0ul5YoR6hg
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8 years
「朝鮮動乱」の足音 マッカーサーが自衛放棄第9条と自分との関わりを否定しようとしたのは、己の名声にとって都合の悪い現実が次々と出てきたからだった。冷戦が激化し、中国が共産主義の下に大革命を成功させ、ソ連が原爆実験に成功し…
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9 years
節操のないマスコミ 恐怖から解放されたマスコミは、恰(あたか)も己の過去を浄化するかのように、「恥」を拭い去るかのように、「日本帝国」「軍国主義者」「国家主義」を攻撃し、「マッカーサー元帥様」と「民主主義」の熱狂的なファンになった…
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8 years
無能な教育部 ダイク局長は、シーフェリン司令官の手紙を教育部に回したが、教育部は七カ月後の1946年7月まで何もしない。占領が始まってから一カ年近く、教育勅語は放ったらかしであった。これは異常とも言える程の長期間に亘る「無策」である
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8 years
占領の落とし子・第9条 第9条は昭和憲法の礎石である。この上に「戦後日本」が作られた。敗戦直後の虚脱状態にあった日本国民から、平和という甘い言葉を使い、「愛国心」と「誇り」を誘い出し、マッカーサーは素手で扼殺した。その死体が第9条だ
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9 years
日本国民よ、死に物狂いで働け 12月19日、マッカーサーは吉田首相に書簡を送る。「アメリカ国民が日本国民の生命を維持するため懸命な努力をしている時、日本国民の最大限の勤勉が要求されて当然であり、不必要な政争、また破壊的思想の圧力は…
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9 years
日本人侮辱に気づかず マッカーサーに「12歳の少年」と言われて、侮辱されたと思っていない日本人が今でもいる。日本の政治家や企業人が、中国人や韓国人を「好意をもって、12歳の子供」だと発言したら、「謝罪」では済まないのではないか。 http://t.co/4o6KkO7UOm
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9 years
昭和天皇を救った極秘電報 マッカーサーからの、この極秘電報(1946年1月25日付)が天皇を救う。電報は、陸軍長官と統合参謀本部宛である。1975年4月24日に公開された... http://t.co/kHQEyiCD5O
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9 years
女性アナウンサーも戦犯 彼女は名門UCLAで医学部へ入るため生物学を専攻していた秀才で、運悪く1941年7月に叔母の見舞いに日本に来ていた。真珠湾攻撃が12月に起こる。特高に捕まり、「東京ローズ」にされる。その時、26歳...
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9 years
マッカーサーの激怒 モスクワ会合が始まる2カ月前、10月22日、バーンズと駐ソ大使ハリマンがスターリンと話し合いに入ることを知った時、マッカーサーは陸軍省に「対日理事会には反対である」と言った。 http://t.co/I3M6tFOTkm
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9 years
属国・日本 マッカーサーは、日本人と殆ど会っていない。マッカーサーが日本人と会おうとしなかったのは、自分は東洋人の心を完全に理解しており、東洋人は、力や権威で操った方が、より効果的に統治できる、と判断したからである。 http://t.co/DthALl8EiR
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9 years
日本経済を復興 クレイマーは「日本人の産業力、規律、正直さ」を高く評価して、「日本人は他の極東アジア人より遥かに優秀であり、生まれついてのアジアの指導者である」と言い、…彼の率直な見解は、マッカーサーを怒らせたに違いない。
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8 years
「教育勅語」防衛論 日本の指導者たちが、まるで「戦旗」でもあるかのように教育勅語防衛に懸命になっている間、GHQの態度は「我、関せず」であった。
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9 years
天皇に退位されたら困るのはマッカーサー マッカーサーは、「天皇は退位を考えているだろう。あるいは、このA級戦犯裁判で出る判決が厳しすぎて、精神的緊張に耐えられず、心理的な冷静さを失い、自殺さえ考えるかもしれない」と言った… http://t.co/2rjQGf235K
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9 years
自決とケジメ ポツダム宣言受諾の8月14日、阿南惟幾陸相は、「一死以て大罪を謝し奉る」「神州不滅を確信しつつ」との遺書を残し、翌日未明割腹した。「古武士的規制式でみごと割腹」と『讀賣報知』(1945年8月16日)は称えた。 http://t.co/deAnFmDcJB
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9 years
NHKをコントロール GHQは、日本放送協会(NHK)を完全に支配下に置く。マッカーサーは日本国中に指令を伝達するため、日本政府に家庭用ラジオ修理用部品、真空管の生産および配給計画を同年12月1日までに提出するよう命令した…
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権力の独占 マッカーサーは、自分が独裁者ではなく、日本国民と日本政府の民主化のための支援者であるとの印象を作り上げるため努力したが、それはみせかけだった。日本国民は彼がアメリカの国益のために日本を使い、天皇さえも利用していることを…
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真珠湾攻撃の不可思議 日本海軍が秘策に秘策を練った真珠湾奇襲につき、ワシントン大学で私の担当教授アレックス・エデルスタイン博士から興味深い話を聞いた。彼は、真珠湾内に停泊していたアメリカ太平洋艦隊の航空母艦(3隻)の水兵であった… http://t.co/SCR4Q9hr4m
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米軍アジア基地・日本 CIAは、1948年4月22日、国家安全保障会議で「日本は復興のためにアメリカから援助を最大に引きだすため、アメリカの弱みにつけ込んでくるだろう」と鋭く警告した。
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9 years
極秘電報 アメリカ国内でも、政府内でも、天皇を戦犯として裁いたほうが良いという意見が強くなってきている。1946年1月25日、マッカーサーは、陸軍省宛に3頁にびっしりと文が詰まっている極秘電報を打った。この電報が天皇の命を救う。 http://t.co/cOwyLz2zGn
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ソ連の裏切り 8月8日、駐モスクワ大使佐藤は、外相モロトフの執務室に呼びつけられた。 モロトフは「ソ連政府は明日、8月9日より日本に対して戦争状態に入る」と宣告した。8月9日午前零時10分、ソ連軍は満洲に突入し組織的壊滅作戦を始めた。 http://t.co/MC7OIhxhk4
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赤旗 日本共産党は、野坂を迎えて活気づき、昭和天皇は少なくとも退位し、皇太子へ譲位すべきである、と党中央委員会は声明文を発表した。日本の保守層にとって、共産党の公然たる天皇攻撃は、死刑にすべき不敬罪と映った…
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救済基金という名の借金 対日ガリオア救済の1945年9月から1951年6月までの総額は20億ドル。日本はこれを、マッカーサーとアメリカ政府からの贈与と思っていたが、占領が終わり1953(昭和28)年にアメリカ政府は返済を要求した。
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9 years
天皇陛下万歳、大日本帝国万歳 東京裁判は、1946年5月3日に、東京市ケ谷の陸軍省大講堂で開始された。この建物は、三島由紀夫が割腹自殺するところである。A級戦犯28人の「平和に対する罪」の審議が、約2年10カ月間続く… http://t.co/w7JLL6iHUx
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9 years
原子力技術 MIT学長は1945年10月4日、大統領にこう報告をした。「日本の原子物理学者は、原爆製造に結びつく科学的事実を熟知している。反応速度が遅すぎて爆発には至らないという誤った結論に辿り着き、日本は原爆製造から手を引いた…」 http://t.co/CNCCtTIIdC
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9 years
米ソの「核」 ソ連は懸命に軍事力の増強をしていたが、原子爆弾を持っていなかった。アメリカは恰(あたか)もソ連に威圧をかけるかのように、1946年7月1日から12年間、南太平洋の美しいビキニ環礁で原爆・水爆の実験を23回行なった。 http://t.co/pvn3nqzGvI
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屈辱の会見 幣原はAP記者に「日本側が天皇の新しい定義として国家の象徴を提案した」と語っている。そう言えとマッカーサーからの厳命だったのだろう。天皇が国家の象徴という発想は当時の日本人には不可能な考え方。シンボルはアメリカ人の発想だ
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9 years
日本降伏 翌11日、バーンズ国務長官はトルーマンと協議の後、ポツダム宣言の中では曖昧になっていた「天皇大権」につき日本政府に回答した。 「降伏の瞬間から、天皇および日本政府の統治権は連合国軍最高司令官に従属する」 http://t.co/GnglFW4tzF
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9 years
世論を読み間違えた共産党 共産党は容赦なく天皇に激しい非難を浴びせ続けた。天皇は、日本国民にとって余りにも神聖な存在だった。天皇を侮辱することは、国民の強い反感をかった。国民には既に別の「悪者」がいた。戦争に敗けた軍国主義者たちだ…
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9 years
東条英機・自決失敗 東條は32口径のコルト拳銃で心臓を撃ち損ない、肺を撃った。鮮血に染まり重体でありながら、横たわったままの東條はこれらの記者たちと会見し、「大東亜戦争は敗けたとはいえ正しい戦だったと自分は信じて居る…」と話した http://t.co/ho3MgQY120
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9 years
日本文化の破壊が改革の第一歩 日本の実情を知るにつれ、マッカーサーは、日本の政治思想だけではなく、まず日本文化を破壊し、それから「民主改革」を行なう決意を固めていった。占領開始から、日本はアメリカに見通されていた。
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9 years
農地改革 これは不在地主が、耕作している小作人たちに農地をただで手渡さなければならないという意味。不在地主たちの寛大さに対する報酬は、マッカーサーが「世界最良の耕作者」と称賛した農民の顔に浮かんだ狂喜を寂しく見ていることだった…
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9 years
追放 「好ましからざる日本人」の追放がいかに広範囲なものであるかが明らかになった。マッカーサー司令部に指導され、日本政府は公共企業体の職員5520人、衆議院選挙(1946年4月10日)の立候補者3384人、貴族院議員全員を審査した…
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民主主義より食糧 マサチューセッツ工科大学学長カール・T・コンプトンは、アメリカ空軍の爆撃の見事さに驚き、トルーマン大統領への報告書の中で「自分の目で確かめた破壊の方が、偵察写真に基づく報告よりずっとひどく、東京及びその周辺都市は…
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9 years
太平洋の帝王 1945年8月30日、午後2時5分、気温33・6度快晴。焼けるように熱い太陽が照りつける厚木飛行場。マッカーサー専用の軍用機C54「バターン号」が着陸する。マッカーサーの日本上陸について『朝日新聞』は次のように報道した。 http://t.co/pZ57xDxztc
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