高峰秀子
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女優、随筆家。1924年北海道生れ。5歳のとき映画『母』で子役デビュー。以後、『二十四の瞳』『浮雲』『名もなく貧しく美しく』など300本を超える作品に出演。キネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞ほか、受賞数は日本映画界最多。55歳で引退。名随筆家としても知られる。2010年12月28日死去。享年86。
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【高峰秀子 自薦十三作】
馬
春の戯れ
雁
二十四の瞳
浮雲
張込み
無法松の一生
女が階段を上る時
名もなく貧しく美しく
山河あり
放浪記
華岡青洲の妻
恍惚の人
オフィシャル作品アルバム『高峰秀子』（キネマ旬報社）より
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何時か、一人で銀座を歩いていたとき、すれ違った男性が「チェッ、すましてやがら！」と呟いた、とたん、私の口から「ニヤニヤしながら歩けるかい！」と大声がとびだして、我ながら驚いたことがある。
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二度と会うことがない、と決まっている、行きずりの人間の好意や親切ほど清らかで美しいものは、この世にない、と私は思っている。
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私には、身内から戦死者を出した経験はないけれど、私のブロマイドを抱いて、たくさんの兵士が北の戦地を駆けめぐり、南の海に果てたことを知っている。
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二度と会うことがない、と決まっている、行きずりの人間の好意や親切ほど清らかで美しいものは、この世にない、と私は思っている。
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人間なんて、一生恥のかきくらべをしているようなものだ、と私は思う。そして、人は恥のつぐないによって成長するものじゃないかしら、と思う。
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【女が階段を上る時（1960）】これは“片身替わりの着物”って言うんです。私が役の雰囲気に合わせてデザインして染めてもらったんだけど、映画が封切られた後、とても流行ったんですよ。この着物が。
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ある日、大阪から一通の重い封書が届いた。中には半紙に包まれた私のブロマイドが一枚、それも血と泥に汚れて色が変わり、よれよれになったブロマイドが同封されて、「戦死した一人息子の遺品の中にありました……」と、涙ながらの筆のあとに、私への感謝の言葉が長々とそえられていた。
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まず、初対面での驚きは、小津先生が実にスマートな美男子であったことである。そしてズバぬけたおしゃれであったことである。そしてこよなくぜいたくであったことである。小津先生の嫌いなものは、すべてのまやかしもので、つまり、なんでも本物でなければ承知できない潔癖さと厳しさの人であった。
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慰問袋から飛び出した私のブロマイドは、いつも歯をむき出してニッコリと笑っていただろう。兵士たちは、私の作り笑いを承知の上で、それでも優しく胸のポケットにおさめてくれた、と思うと、やりきれなさで身の置きどころがないような気持ちになる。
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男たちは戦争をした。男たちは戦争に負けた。自業自得である。ワリを食ったのは女たちである。「付き合いきれない」。それが女たちの本音だった。敗戦を境にして、「女が強くなった」と、私は思わない。けれど、敗戦によって、女がはじめて男の正体というものを識ったのは事実だと思う。
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何時か、一人で銀座を歩いていたとき、すれ違った男性が「チェッ、すましてやがら！」と呟いた、とたん、私の口から「ニヤニヤしながら歩けるかい！」と大声がとびだして、我ながら驚いたことがある。
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男たちは戦争をした。男たちは戦争に負けた。自業自得である。ワリを食ったのは女たちである。「付き合いきれない」。それが女たちの本音だった。敗戦を境にして、「女が強くなった」と、私は思わない。けれど、敗戦によって、女がはじめて男の正体というものを識ったのは事実だと思う。
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松山と結婚したとき、男の子が六人欲しいといわれてびっくりしました。話をきくと、松山の友人が六人の子供があって、バスケットチームをつくり、とてもうらやましいというのですね。でも私、バスケットチーム生産機じゃありませんしね。
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昔から、火の無いところに煙は立たない、と言うけれど、そんなことは真赤なウソで、現在は筆一本で、火のないところに煙どころか火事さえ起きるのである。
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私は若いときは若いで自分を守り、結婚してからは夫婦の城を守ることに専心した。世界の、日本のどこに、どんな事件がもちあがろうと、私は私たちの家庭が、雨風も当たらぬ小さな瓶の中にある如く、平和で暖かくあることを、ただひたすらに願った。
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三十八年前、田中絹代は貧しい少女の私に、自分の衣類を惜しげもなく恵んでくれた。私はその衣類が、とびきり上等な品や高価なものであることよりも、自分に思いやりをかけてくれた人が、一度は手を通した衣類である、ということのほうが嬉しかった。
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天才といわれ、最後の巨匠と讃えられ、撮影所の中では黒澤天皇と畏れられていた大演出家の彼だったけれど、私の印象に残っているのは、いまから六十年もの昔、山本嘉次郎監督の演出助手をしていた、二十代も半ばの青年「クロさん」こと黒澤明だけである。
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終戦も近くなったころ、私たちはほとんど航空隊ばかりを慰問していたが、明朝特攻機で出撃する航空兵を前にして、一体どんな顔をして歌ったり踊ったりしろというのか、あんまり情けなくて、バカバカしくて、怒り出したくなり、わけのわからぬ口惜し涙のようなものが出てきて仕方がなかった。
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人間、トシをとると「昨日は何を食べたか」は忘れてしまっても、遠い昔のことはイヤに鮮明におぼえているらしい。夜半、ベッドの中で突然「ああ、花売娘の役をやったっけ」とか「牛若丸にもなったなァ」などと、愚にもつかぬことを思い出したりする。
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出来ることなら、ものごとに対して悲観的に考えず、苦しいことは自分のコヤシとして生かし、いつもアッケラカンと明るくありたいと思っている。ということは、ほんとうの私はジメジメと陰気でケチで猜疑心の強いゴーツクバリな女であることを、私自身が誰よりも知っているからである。
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私は笠置シヅ子という人が好きでねぇ。当時、彼女はブギの女王で。私は日劇に通ったり、あの人が浅草に出るというと浅草まで地下鉄で行ったもんです。
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フランスに行って、何を見ていらっしゃいました？何を感じていらっしゃいました？あちらに行った目的は？帰国の御感想は？等々、うるさく質問されると、私は、「こんな質問から逃れたくて、一人っきりになりたくて、フランスに行って、ただ、寝て、食べて、肥って帰ってきました」と答えます。
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勿論、当時十六歳の私に、私を震撼させた杉村春子と張り合う気持ちなどあろうはずはなかったが、スクリーンの中の杉村春子は、私に向かって確かに語りかけ、私を面罵、挑発していた。「あんたは人気あるけど、それでも役者のつもり？」私には返す言葉がなかった。
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人間、トシをとると「昨日は何を食べたか」は忘れてしまっても、遠い昔のことはイヤに鮮明におぼえているらしい。夜半、ベッドの中で突然「ああ、花売娘の役をやったっけ」とか「牛若丸にもなったなァ」などと、愚にもつかぬことを思い出したりする。
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【小津安二郎】私はあんな素晴らしい男性は見たことがありませんね。映画界とか何とか、そういうことをのけて、すばらしい方でした。「おとな」っていう感じでしたね。いま、あんまり「おとなだなあ」っていう人、いないじゃないですか。(笑) ほんとに頼れるなあっていう人でしたよ。
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よく映画評論家に「熱演」などと書かれてウハウハ喜ぶ俳優がいるけれど、熱演に見えるのは、つまり画面からハミ出している、ということで、一言でいえば出しゃばりすぎ、「オマエ、シロートだねぇ」と言われているのと同じこと。俳優にとっては「恥」だと私は思っている。
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まず、初対面での驚きは、小津先生が実にスマートな美男子であったことである。そしてズバぬけたおしゃれであったことである。そしてこよなくぜいたくであったことである。小津先生の嫌いなものは、すべてのまやかしもので、つまり、なんでも本物でなければ承知できない潔癖さと厳しさの人であった。
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宴会が終ってプロデューサーが「そろそろこの辺で……」って言ってもお開きにしてくれないの(笑)。だからみんな��料亭の玄関まで無理やり連れていくと、それでもまだ後ろ振り向いて女中さんに「もっと飲ませろ。ケチ！」なんて。ダサイオサムって感じで……。それが太宰（治）さんを見た最後でした。
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女にとって「台所仕事」は多分にボケ防止になる作業だと私は思っている。包丁と火を使うには終始緊張感がともなうし、気をぬいて作った料理の味はちゃんと気がぬけ、急いで作る料理の味は荒くて不味く、そのときの料理人の気分が即、結果となって現れるから油断がならない。
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男たちは戦争をした。男たちは戦争に負けた。自業自得である。ワリを食ったのは女たちである。「付き合いきれない」。それが女たちの本音だった。敗戦を境にして、「女が強くなった」と、私は思わない。けれど、敗戦によって、女がはじめて男の正体というものを識ったのは事実だと思う。
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頭のてっぺんを糸でつりあげられ、おへそに長い棒が通っているつもりでスッスッと歩いてみると、なんとも気分がいいし、第一身体が疲れないことに気がつくだろう。そうなれば、しぜんに立ち居振る舞い、身のこなしもスマートになる。
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今の黒澤明さんが製作主任でついていて、私はまだ少女だったけれど、黒澤さんにお嫁さんにもらって欲しいとその時思っていた。いろいろの理由で、結婚は駄目になってしまったが、あの時ほど私の気持ちが若く純粋だった事はない。
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「女優のこの人は私じゃない。私は別にいる。商売上やってる」という思いが、もう十代の頃からハッキリとありましたね。自分はずっと人の書いた台詞を喋ってきたけど、本当はてめえの台詞があるんだよっていうのが小さい時から溜まってたんだね。
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いったい人間にとって、食べること、眠ること、着ることの他に、必要なことは何だろう？それはふだんは何気なくみすごされている「人間同士の会話」ではないだろうか？人間は、自分の意志を何らかの方法で常時発散させていなければ、退屈や淋しさ、物足りなさ、不愉快さを消すことができない。
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愛が深ければ深いほど、悲しみの淵も深くなる、とわかっていても、悶え泣く人の姿を見るのは辛い。私にはどうしてあげること��出来ず、ただ、突けば崩れてしまいそうに柔らかい肩先をギュッとつねるようにして力をこめた。その痛さに、一瞬でも、われを忘れて欲しい、と思った。
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【女が階段を上る時（1960）】これは“片身替わりの着物”って言うんです。私が役の雰囲気に合わせてデザインして染めてもらったんだけど、映画が封切られた後、とても流行ったんですよ。この着物が。
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東京は銀座のド真ん中の歩道でさえ、車椅子ではにっちもさっちもいかず、立ち往生をするしかない、という貧困な経済大国を、なんと説明したらいいのだろう。
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人をあざむき、人を押しのけ、人の弱みにつけこんで「出世」をした人間の顔はふしぎにみにくいものです。みるからに和やかな顔、菩薩のような微笑み、そして美しい年輪を感じさせる人は、かえって平凡な市井の中にこそ光っているのだと思います。
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【佐田啓二】いい人でしたね、あの人は。役者になったのは間違ったんじゃないかなと思うくらい、いい人でしたね。役者って、どっかチラッと気取っているところがあるもんですよ。あの人全くなかったですね。
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笠智衆……笠さん普通の人より手が長いよ。頭のうしろは絶壁だ。セリフをいうとナマリがとても魅力、キッチリ山の吉五郎親分（小津安二郎先生）の仕事に出るとナマリがなくなっちまう位アガるんだって。いいなあ。
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映画で泣いたり笑ったり、熱演してウンウン汗をたらしている仕事より、大根切り乍らサラサラセリフをいったり、お茶づけを喰べ乍ら何気なくやかんのふたを直したりする芝居の方がウンとむずかしいのである。
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【女が階段を上る時（1960）】これは“片身替わりの着物”って言うんです。私が役の雰囲気に合わせてデザインして染めてもらったんだけど、映画が封切られた後、とても流行ったんですよ。この着物が。
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清潔で誠実で、気前がよくて男前で、つまり私と正反対の男がいないものかとキョロキョロしたら、やや類似品があったので今の夫と結婚した。
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壺井栄先生のお宅を訪ねて、いろいろご相談したんです。そのとき、お手洗いを借りたの。そしたら、お手洗いに置いてある洗面器にくちなしの花が浮かしてあったんです。それを見て、壺井先生のやさしさにジーンとうたれました。これだわ！って思いました。大石先生は、やさしさ一本で通すことにしました
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【笠智衆】私が松竹にいた子役時代に可愛がってくれた人である。飄々として欲のない真面目な人柄はだれからも愛され、私もなついていた。彼は決して器用な俳優ではない。よく言えば「実直」、悪く言えば「のろま」な人だった。
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【成瀬巳喜男】毎朝九時キッカリにステージに姿を現す。スタッフはその三十分前にステージに入っているから第一カットがまわるのは九時十五分過ぎ。一日のノルマは大体二十カットほどで、夕方の五時前には「お疲れさま」になる。まるで名工のごとく、サラサラと流れるような仕事ぶりであった。
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やたらと古いものをブチ壊すのはよくない。古いものはね、初めから古いわけではないんです。初めはみんな新しくて、それが少しずつ、いっしょうけんめいに古くなるんです。
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【佐田啓二】いい人でしたね、あの人は。役者になったのは間違ったんじゃないかなと思うくらい、いい人でしたね。役者って、どっかチラッと気取っているところがあるもんですよ。あの人全くなかったですね。
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男性のすべては「職場」に現れる。松山クンは骨身を惜しまずよく働き、誰にでも優しく親切だった。一言でいえば、宮沢賢治の「雨ニモマケズ、風ニモマケズ……」型の男性であった。年は私より一個下の二十八歳。青年というより、清廉な少年のように爽やかで、私にはもったいないような人である。
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私は、大好きだった成瀬巳喜男先生のお墓へ参ったことがない。冷たい土の下に、あの成瀬先生がいるなんて、信じたくない。成瀬先生は、私の胸の中で、いまでも温かく生きている。「先生、この頃、なまけているのねえ、ちっとも映画を作らないで」
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【女が階段を上る時（1960）】これは“片身替わりの着物”って言うんです。私が役の雰囲気に合わせてデザインして染めてもらったんだけど、映画が封切られた後、とても流行ったんですよ。この着物が。
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女優で、優れた随筆家でもあった下町育ちの沢村貞子さんは、サラリとした人柄だった。そして、その生きかたも洗い髪のようにサラサラとして、私は人生の先輩として大好きな人だった。
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「金の切れ目が縁の切れ目」というけれど、私たち映画人のつきあいは「仕事の切れ目が縁の切れ目」で、映画が完成したとたんに、ハイ、サヨウナラで、はなはだ呆気ない。が、「二十四の瞳」に出演した子供たちは、いまだに小石先生の私に年賀状や暑中見舞、近況などを知らせてくれる。
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入江たか子さんがかわいがってくれましてね、私は戦後進駐軍の劇場になってたアーニー・パイルで歌ってたんですよ。ところが洋服がないでしょう。入江さんが自分の玉虫色の雨コートをほどいて、一晩でロングドレスを縫ってくれたの、手で。あの入江さんが。入江さんはそういうこと、できるんですよ。
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相手役の森雅之さんの名演に支えられて、「浮雲」はようやく完成した。私の尊敬する小津安二郎監督から、「ウキグモハ ブンガクニカツタ デコ オメデトウ」という電報を頂戴したとき、私はやっと、ヤレヤレと一安心した。
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【カルメン故郷に帰る（1951）】カラーが失敗したら大変。だから失敗した場合は白黒で出そうというんで。まず、カラーの本番を撮って、それからレフとライトをどけて、白黒でもう一回撮る。ですから、本当は、二本分の働き賃をいただいていいはずなんです。アフレコも二本分（笑）。
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男たちは戦争をした。男たちは戦争に負けた。自業自得である。ワリを食ったのは女たちである。「付き合いきれない」。それが女たちの本音だった。敗戦を境にして、「女が強くなった」と、私は思わない。けれど、敗戦によって、���がはじめて男の正体というものを識ったのは事実だと思う。
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早朝、私の寝室からねぼけまなこの越路吹雪がのっそりと現れて、うちのお手伝いさんがギャッと腰を抜かしたこともあった。表向きは「スタア」だの「シャンソンの女王」とか言われても、当時の二人は揃って独身で、空虚で、孤独だった。
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しかし、また、何時、あんな不愉快な日々が私たちの住む日本にやって来ないとは限らない。絶対に来ない、とだれが断言できるだろう。戦後と戦前は腐れ縁。戦前の次は戦後で、戦後の次は戦前なのだ。
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太宰治の最後の作品、遺作になった『グッド・バイ』。新東宝で映画化されましたけどね。あれは私に書いてくれたの。でもね、半分書いて死んじゃったの。少し無責任だと思わない？
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「浮雲」がよかったのは、森さんが上手だったからですよ。森さんがきちっとしてたから名作になったと思いますね。私が多くご一緒しているのは、小林桂樹さん、仲代達矢さん、森雅之さんね。特に森さんはすばらしい人でした。
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私も小津作品『宗方姉妹』に出演したとき、ペロリと舌を出す場面で、何度もテストを重ねているうちに、「舌ってグニャグニャしてて気味の悪いものだなァ」と、演技より舌のほうに神経がいってしまって困ったことがある。
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やっぱりね、この人はいいな、というような人はちゃんと残ってますよね。例えば、香川京子さんね。新東宝へあの人が入ってきた時は、セーラー服姿で、真っ黒けな顔をした少女だったんですけどね、実にお行儀がよかったんです。それで、あの人は残るなと思いました。
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私は『雁』に出演したことで数々の女優演技賞をいただいた。けれど、東野（英治郎）さんは助演男優賞はおろか、映画批評にもほとんど取りあげられなかった。あれほどの名演技を見すごし、一言の賛辞も発しなかった日本の批評家の眼に、私は心底失望した。
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昭和十三年の九月、中国戦線で山中貞雄が戦病死した。「人情紙風船」は彼の代表作といわれる。彼が、日本の映画界にペシミズムを持ちこんだ最初の作家だと、私は思っている。二十八歳の短い生涯であった。
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轟夕起子……字がすごく上手い人です。お芝居もすごく上手いんです。「細雪」の時、姉妹になって関西弁教えて呉れましたっけ。私が、面倒臭くなって、うるさい、もう判った！ といったら、そやかてこいさんおかしいがな、と悲しそうな顔してました。中姉ンちゃん！
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『浮雲』のクランク・イン前、森さんと私は「徹底的に痩せよう」と協定を結んだ。栄養満足、デブの富岡とゆき子では、それだけで『浮雲』はオジャンになってしまう、と考えたからだった。
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（結婚）式の当日は朝から小雨で、「オヤオヤ」と思っていたところへ「二十四の瞳」の原作者の壺井栄さんから「アメノフルヒハ エンギガイイノデス サカエ」という電報が飛んで来た。そのあたたかい文面に心が晴れると同時に、雨雲が切れて太陽がのぞき、美しい青空が広がった。
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しかし���また、何時、あんな不愉快な日々が私たちの住む日本にやって来ないとは限らない。絶対に来ない、とだれが断言できるだろう。戦後と戦前は腐れ縁。戦前の次は戦後で、戦後の次は戦前なのだ。
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どうして作らないかと言われたって、出来ないものは出来ないのだから仕方がないじゃありませんか。子供がいなくてお淋しいでしょうと言われたって、いる子供がいなくなれば実感として淋しいだろうけれど、はじめからいないのだから淋しいもへったくれもありはしない。
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【宗方姉妹（1950）】ロケバスの中で田中（絹代）さんが私に「崖から飛び降りて死にたい」って言ったことがある。そのぐらい苛められたの、この撮影の時。だからそんなに自殺したいとまで言ってた人がその後『サンダカン八番娼館・望郷』で賞取った時、私、すごく嬉しかった。
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天才といわれ、最後の巨匠と讃えられ、撮影所の中では黒澤天皇と畏れられていた大演出家の彼だったけれど、私の印象に残っているのは、いまから六十年もの昔、山本嘉次郎監督の演出助手をしていた、二十代も半ばの青年「クロさん」こと黒澤明だけである。
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私は『雁』に出演したことで数々の女優演技賞をいただいた。けれど、東野（英治郎）さんは助演男優賞はおろか、映画批評にもほとんど取りあげられなかった。あれほどの名演技を見すごし、一言の賛辞も発しなかった日本の批評家の眼に、私は心底失望した。
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壺井栄先生のお宅を訪ねて、いろいろご相談したんです。そのとき、お手洗いを借りたの。そしたら、お手洗いに置いてある洗面器にくちなしの花が浮かしてあったんです。それを見て、壺井先生のやさしさにジーンとうたれました。これだわ！って思いました。大石先生は、やさしさ一本で通すことにしました
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清潔で誠実で、気前がよくて男前で、つまり私と正反対の男がいないものかとキョロキョロしたら、やや類似品があったので今の夫と結婚した。
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亡くなった小津安二郎先生が、しみじみと言ってらっしゃいましたよ。俺は豆腐屋で豆腐作るのが商売なのに、豆腐はもういいから今度はガンモドキ作れって言いやがる。そうはいかねぇや、俺は豆腐が好きなんだ。死ぬまで豆腐を作り続けていくんだ、って。立派だと思いましたよ。そのとき。
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【女が階段を上る時（1960）】これは“片身替わりの着物”って言うんです。私が役の雰囲気に合わせてデザインして染めてもらったんだけど、映画が封切られた後、とても流行ったんですよ。この着物が。
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【妻の心（1956）】二人で話しながら歩いてるのに、三船さんがちっとも私の顔を見ないから、成瀬さんが「三船君、ちゃんと高峰さんの顔見て！」って言ったら、三船さん、私の顔を見ながらだんだん後ずさりして、しまいにドブにはまっちゃった。そういう真面目な人でした。
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三船さんは、かつての時代、黒澤明作品にはなくてはならないスターだった。「酔いどれ天使」のヤクザの精悍さ。「七人の侍」の元気印の菊千代。「用心棒」や「椿三十郎」の浪人姿のカッコよさ……あの颯爽とした三船さんに、どんなに大勢の映画ファンが拍手を送ったことだろう。
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成瀬巳喜男は、風景も演技も、自然以外のすべてを嫌った。特にカラーフィルムを嫌い「周りの色が邪魔でかんじんの芝居が見えない」と言っては、俳優の周りにある額とか花とかいう小道具を取り除かせた。
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【丸山定夫さん】終戦直前に、移動演劇に参加し、広島で興行中、原子爆弾のために亡くなった。亡くなる前に、「熱い、熱い」といいながら、井戸端で水を浴びていた、という話を聞いて、私は涙が出た。彼の演技には、文字通り「鬼気迫るもの」があった。ほんとうに、名優だった。
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人間なんて、一生恥のかきくらべをしているようなものだ、と私は思う。そして、人は恥のつぐないによって成長するものじゃないかしら、と思う。
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今の黒澤明さんが製作主任でついていて、私はまだ少女だったけれど、黒澤さんにお嫁さんにもらって欲しいとその時思っていた。いろいろの理由で、結婚は駄目になってしまったが、あの時ほど私の気持ちが若く純粋だった事はない。
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私は吉永小百合さんって、たまたま今、名前が出ましたけど好きですね。余り仕事は見ていませんけれども、あの人の考え方、生き方、非常に堅実で正直で清潔で、派手なとこがなくていいですね、仕事っぷりが。
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私は一日としてタバコを手離したことがなく、現在では日に五、六十本のタバコをせっせと煙にする作業でほかのことをするヒマもないほどいそがしい。仕事がいそがしければいそがしいほどタバコの本数も増えるようで、その内に私は煙にいぶされてクンセイ女になってしまうかもしれない。
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